Waves Q-Cloneは、EQプラグインというより「複製機」です。手元にあるハードウェアEQの、いま鳴っているカーブをそのまま写し取り、トラック数の制限なく使えるようにします。この記事では、その仕組み——テスト信号のループとインパルスレスポンス——、複製されるものとされないものの境界線、Capture/Hold/Addの3モードが必ずHoldを経由する理由、そしてHeadroom初期値14 dBの根拠を、公式マニュアルに沿って解説します。
想定読者は、ハードウェアEQを持っていてDAW内で使い回したい人と、この製品の仕組みを知ってから判断したい人です。操作手順の網羅ではなく、設計の理由を扱います。
仕様・数値はWaves公式のQ-Cloneマニュアル(日本語版)に基づきます。この版は対応ホストの記載がPro Tools 6.7やLogic Pro 7の時代のもので、現行環境とは差がある可能性があります。編集部は本製品を所有していないため使用感は書きません。
カホマニュアルの導入が具体的です。ミックスは98トラックあるのに、97台以上のハードウェアEQを買う余裕はない——この問題を解くための製品です。
この記事でわかること
- 実機EQを複製する仕組み(テスト信号のループと、毎秒数回更新されるインパルスレスポンス)
- 複製されるもの/されないもの——カーブと位相は完全複製、歪みとノイズは対象外
- Capture/Hold/Addの役割分担と、モード切替に必ずHoldを挟む決まり
- Headroom初期値14 dBの根拠と、キャリブレーションの手順
Q-Cloneとは|何を解決する製品か
Q-Cloneは、一台のモノラル・アナログEQのEQカーブをキャプチャーし、好きなトラックの処理に使うためのEQ複製システムです。同じ実機の異なる設定を複数のトラックへ複製でき、リアルタイムに実機のノブを回しながらカーブを追い込んで、プリセットのライブラリとして貯めていけます。実機のEQ設定は保存できない、という長年の問題への回答です。
システムは2つのコンポーネントで構成されます。実機からカーブを採取するQ-Captureと、採取されたカーブをトラックに適用するQ-Cloneです。さらに、評価の高いビンテージ・ハードウェアEQのカーブをサンプリングしたライブラリが付属しており、実機を1台も持っていなくてもプリセットとして使えます。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
テスト信号のループが実機を見張り続ける
仕組みの中心は物理的なループです。Q-Captureはテスト信号を、オーディオカードの出力から実機EQの入力へ送り続けます。実機を通った信号はオーディオカードの入力へ戻り、Q-Captureに返される。戻ってきた信号は解析され、インパルスレスポンスとしてQ-Cloneコンポーネントにロードされます。
この解析は一秒につき数回行われます。だからCaptureモードの間、複製されたEQは実機のノブ操作にきちんと追従します。「実機を測ってプロファイルを作って終わり」ではなく、測定し続けることで実機そのものを操作面にする——ここがこの製品の設計の核です。なおQ-Captureは一度に1インスタンスしか動作できません。
複製するのはリニア成分だけ、という割り切り
マニュアルは複製対象をはっきり区切っています。Q-Cloneが複製するのは接続されたシステムのリニアパートで、歪みやノイズといった非線形な特性は複製されません。一方で、フィルターのサウンドとフィルターの位相レスポンスは完全に複製される、とも明記されています。
この割り切りが、対応機器の条件をそのまま決めています。使えるのは、実用上問題のないコンディションのアナログ/デジタルI/Oを持つEQ機器と、EQセクションを内蔵したアナログ・チャンネルストリップ。コンプレッサーなど非線形なプロセッサーとEQの組み合わせは不可です。非線形なものは原理的に写せないからです。
またQ-Captureはモノラル専用で、キャプチャーできるのはモノラル機器のみ。ステレオトラックではステレオQ-Cloneコンポーネントが同じEQ設定を左右両チャンネルにかけ、これによりアナログ機器のステレオ複製が完璧に一致する、という設計です。実機2台をペアで揃える世界とは違う答えを出しています。



「歪みは複製しません」と正面から書いてあるマニュアルです。カーブと位相だけ。この潔さが、できること・できないことを全部説明してくれます。
Capture/Hold/Add——中心にあるのはHold
Q-Cloneのメインコントローラーは2つ、Gain(ゲイン)とMode(モード)です。Modeに並ぶのはCapture、Hold、Addの3つ。起動時はフラットなEQ特性のHoldモードで開きます。
- Capture:Q-Cloneのフィルターを実機の設定に完全に合わせ続けるモード。Q-Captureがアクティブな場合のみ動作し、ウィンドウを閉じると自動でHoldに変わる
- Hold:一番最後の設定に固定する。ここで確定したカーブがプリセット保存の対象になる
- Add:Holdで固定したカーブに、現在キャプチャー中の実機の特性を加算する
Addの説明が面白いところです。Holdされた Q-Cloneの下にもう1つQ-Cloneをインサートしても結果的に同じ音になるが、Addなら CPU負荷を抑えられ、2つの設定を合算したカーブを1つのグラフで視覚的に確認できる——直列の代わりに「足し算」を用意した理由がコストと見通しであることが書かれています。そしてCaptureとAddの行き来には必ずHoldを経由する決まりがあります。確定したカーブを台帳として、その上に重ねる設計だからです。
作ったカーブはセッション内に保存され、プリセットとしても保存できます。プリセットファイルは完全なEQフィルターを含むため、外部メディアファイルが不要で、そのまま人に渡せます。マニュアルは、自宅スタジオの実機でキャプチャーしたEQセットアップを、海外のセッション先へファイルで持ち出す例を挙げています。
Headroom初期値14 dBの根拠
キャプチャーの品質はループの信号レベルで決まります。Q-Captureをインサートすると、ヘッドルーム・フェーダーはデフォルトで14 dBのヘッドルームが得られる位置に設定されています。マニュアルによれば、14 dBは一般的なハードウェアEQの増減ゲインをカバーできる値です。実機のブースト幅が±14 dB以下でも余裕を持たせるため14 dBのままを推奨、±14 dB以上に増減できるEQを接続する場合はヘッドルームを広げる——ブースト分がループ内でクリップしないためのマージンが根拠です。なおHeadroomフェーダーはQ-Captureの出力と入力の両方をコントロールします。
キャリブレーションの手順も明快です。実機のインプットゲインをデフォルトに、各帯域の増減を0にした状態で、実機のアウトプットゲインを調整してQ-CaptureのIn/Outメーターのレベルを一致させる。その後Q-Cloneを開き、周波数ディスプレイのラインが0 dB地点でフラットになっていることを確認します。ずれている場合は実機側の出力ゲインで合わせます。
全パラメーター
Q-Cloneコンポーネント側です。
| コントロール | 役割 | 範囲・値 |
|---|---|---|
| Mode | 動作モード | Capture/Hold/Add(起動時はフラットなHold) |
| Gain | 出力ゲインの連続フェーダー | −48〜+12 dB(初期値0 dB) |
| Graph Scale | 周波数特性グラフY軸の尺度 | ±16 dB/±30 dB |
| Trim | ピークとフルスケール間のマージンを表示。クリックでGainに適用 | 上方向は最大+12 dB |
| 周波数特性グラフ | 現在のEQカーブを表示 | X軸25 Hz〜16 kHz(対数) |
Q-Captureコンポーネント側です。
| セクション | 役割 | 表示・値 |
|---|---|---|
| Transmitting(下側) | テスト信号をトラックへ送信 | 送信中のグラフィック表示 |
| Receiving(上側) | 実機を通って戻った信号を受信・表示。戻りレベルの入力メーターを兼ねる | Waiting(待ち)/Receiving(受信中) |
| Headroom | 送受両方のレベルを制御 | 初期値14 dB |
| In/Outメーター | キャリブレーション用のレベル確認 | 両者の一致が目標 |
グラフに「No Transmission(送信なし)」と出るのは、EQフィルター送信を受信するポートが見つからないか、Transmission信号がサンプリングに対して低すぎる場合です。ルーティングかレベルの問題であって、故障ではありません。
用途別・設定の始点
| やりたいこと | 操作 | 根拠・注意 |
|---|---|---|
| 実機の設定を保存して使い回す | Capture→実機を調整→Hold→Save | Save To New File(ファイル保存)またはPut Into Preset Menu As(プリセットメニュー登録) |
| 実機2台分のEQを1枚で | Hold後にAddで2つ目をキャプチャー | 変更はフラットな開始地点から行うのがよい、と注記あり |
| クリップライトが点いた | Trimを使う | 表示が0.0になるまで。公式は点灯したらすぐの使用を推奨 |
| 実機を持っていない | ファクトリープリセットをLoad | 名機アナログEQを使って作成されたプリセット群 |
| 「Waiting」から進まない | ケーブル接続とトラックI/Oのアサインを確認 | ループ未完成かI/O未アサインが原因、とマニュアルに明記 |
似た製品との使い分け
通常のEQプラグインは、周波数やゲインをプラグインの画面上で動かします。Q-Cloneの操作面はそこではなく、ハードウェア実機のノブそのものです。Captureモード中はグラフに現在のカーブが表示されますが、これは結果の表示であって、確定後のカーブの個々の帯域を画面上で編集する操作子は、本稿が参照した版のコントロール一覧には出てきません。「あとから細かく直す」ならQ10やRenaissance EQのようなパラメトリックEQの領分です。
逆に、実機のカーブと位相レスポンスをそのまま写す、という仕事は通常のEQでは代替できません。実機を持っているならその音を、持っていないなら付属ライブラリを——どちらの使い方も製品側が想定しています。
よくある質問
実機を持っていなくても使えますか
使えます。クラシックで評価の高いビンテージ・ハードウェアEQのカーブをサンプリングしたライブラリが付属しており、プリセットとしてロードできます。キャプチャー機能を使うかどうかは後から決められます。
実機の歪みや質感も複製されますか
されません。複製されるのはリニアパート——フィルターのサウンドと位相レスポンス——だけで、歪みやノイズといった非線形な特性は複製対象外であるとマニュアルに明記されています。
コンプ一体型のチャンネルストリップはキャプチャーできますか
EQセクションが内蔵されたアナログ・チャンネルストリップは対応機器に挙げられています。ただしコンプレッサーやそれ以外の非線形なプロセッサーとEQの組み合わせは不可です。キャプチャーするのはEQセクション単体の状態にします。
対応DAWは何ですか
本稿が参照した版のマニュアルに載っているセットアップ手順は、Pro Tools 6.7 LE/TDM、Nuendo・Cubase SX 2.x〜3、Sonar 3.x、Logic Pro 7、Digital Performer 4.xと、いずれも古い世代のものです。現行の対応環境は公式サイトで確認してください。
まとめ
- Q-Cloneはテスト信号のループで実機EQを解析し、インパルスレスポンスとして毎秒数回更新しながら追従する複製システム
- 複製されるのはカーブと位相(リニア成分)だけ。歪み・ノイズは対象外で、非線形機器との組み合わせは不可
- Headroom初期値14 dBは一般的なハードEQの増減幅をカバーする設計。実機が±14 dBを超えるなら広げる



プラグインの中で完結させず、実機を操作面として残す。設計の答えがひとつではないことを教えてくれる製品です。




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