Waves Greg Wells PianoCentricは、ピアノ/キーボード録音の加工に特化したプラグインです。中央のPianoノブは0〜100ではなく−50〜+50。右に回すと明るくモダンなハイファイ、左に回すとフィルターの掛かったローファイという、正反対の行き先を1本のノブに割り当てています。この記事では、この双方向設計の意図、挿した時点でオンになっているDelayとDoublerの扱い、モノ版とステレオ版で響きが変わるという公式の注記を、公式マニュアルに沿って解剖します。
想定読者は、すでにPianoCentricを持っている人と、買うか迷っている人です。操作手順ではなく、「なぜこの仕様なのか」「初期値の根拠はどこか」を扱います。
仕様・数値はWaves公式のGreg Wells PianoCentricユーザーガイドに基づきます。シリーズ全体に関わる記述では姉妹機のユーザーガイドも参照しました。編集部は本製品を所有していないため使用感の描写はせず、裏が取れない項目は書きません。
カホ0〜100のノブは「量」しか選べません。このノブは真ん中から左右に振れます。まずそこから読み解きます。
この記事でわかること
- Pianoノブが−50〜+50である理由——「2つの行き先」という設計
- DelayとDoublerは並列の「返し」で、初期状態はどちらもオン
- モノ版とステレオ版で効果の聞こえ方が異なるという公式の注記
- 全コントロールの範囲・初期値(Delay Level −13.6 dB、Doubler Level −8.7 dBなど)
Greg Wells PianoCentricとは|何を解決する製品か
PianoCentricは、WavesがプロデューサーのGreg Wellsと共同開発したGreg Wells Signature Seriesの1本です。Greg Wellsはグラミー賞を2度受賞したプロデューサー/ソングライター/ミュージシャン/ミックスエンジニアです。2019年に『The Greatest Showman』サウンドトラックでBest Compilation Soundtrack for Visual Media、2023年にMichael Bublé『Higher』でBest Traditional Pop Vocal Albumを受賞し、ほかに4度ノミネートされています(受賞2件・ノミネート4件はRecording Academy公式のアーティストページによる)。手がけた名前としてAdele、Katy Perry、OneRepublic、Mika、Twenty One Pilotsが挙げられ、参加曲の累計セールスは、Wavesのマニュアルと日本語製品ページが8,500万ユニット以上、英語版Wikipediaは1億5,000万ユニットとしています。
なおWavesのマニュアルと日本語製品ページは、肩書きを「複数回グラミー賞にノミネート」と書いたままです。これは受賞前の英語コピーが残っているもので、現行の英語版公式ページは「Grammy-winning producer」と改められています。本稿は受賞・ノミネート数をRecording Academy公式の記載に合わせました。
解決する問題は、本人の言葉がいちばん端的です。「ピアノは録るのが難しく、ミックスの中に正しく座らせるのはさらに難しい」。本人はスタジオミュージシャンとして30年ピアノを弾いてきて、エンジニアが理想のピアノサウンドに近づく何かをするたびに注意深く観察してきた——その蓄積をすべてプラグインの中に入れた、とマニュアルで語っています。ゴージャスなフルレンジピアノからローファイなフィルターサウンドまでを守備範囲とする、ピアノ/キーボード録音の整形ツールです(公式製品ページ)。
コンポーネントはPianoCentric Mono、Mono-to-Stereo(モノ入力→ステレオ出力)、Stereoの3つ。この数はマニュアル自身が「three components」と数えています。同シリーズのMixCentric・ToneCentricのマニュアルが挙げるのは各2種(Mono/Stereo)。モノ録音からステレオ出力へ開く経路を持つ点は、同じく3コンポーネント構成のVoiceCentricと共通です。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
1本のノブに「2つの行き先」——だから中央が中立
マニュアルでGreg Wellsは、このプラグインを「2つの異なる行き先に到達するよう設計した」と説明しています。1つめの行き先は、ドラムや他の要素が多いミックスでも抜けてくる、ゴージャスでパンチのあるピアノ。2つめはその正反対で、「ピアノの中に置いたモノラルの古いブレットマイク」のような、ローファイで少しクランチな音です。
この思想はPianoノブの仕様にそのまま表れています。範囲は−50(最小/ローファイ)〜+50(最大/ハイファイ)で0.1刻み、初期値は0(ニュートラル)。クイックスタートも「左に回すとフィルターされたローファイの性格、右に回すと明るくモダンなハイファイの性格」と、方向の意味を明記しています。
0〜100のノブでは「掛けるか、どれだけ掛けるか」しか選べません。−50〜+50にしたことで、「どちらへ行くか」と「どこまで行くか」を1本で選ばせる——ワンノブの文法の中に方向という次元を確保した設計、と読めます。



「どれだけ掛けるか」の前に「どちらへ行くか」。行き先が2つあるから、ノブの中央が中立になっているわけです。
DelayとDoublerは並列の「返し」——しかも初期状態でオン
PianoCentricにはメインノブのほかに、DelayとDoublerという2系統の付加効果があります。マニュアルの記述で重要なのは、どちらも「並列(パラレル)処理のリターン」のオン/オフとレベルだ、という点です。原音の経路に直列に挟まるのではなく、別経路で処理した音を混ぜる構造が明示されています。
初期値はどちらもオン。レベルの初期値はDelayが−13.6 dB、Doublerが−8.7 dB(範囲は各−24〜0 dB・0.1 dB刻み)です。つまり挿しただけの状態で、すでにディレイとダブラーが混ざった音が出ます。一方、リセット操作後の値はオフ/−24 dBと定義されており、初期値と一致しません。素のPianoノブの効果だけを聴き分けたいときは、まずDelayとDoublerのオン/オフを確認してからです。



挿した直後から、ディレイとダブラーはもう混ざっています。「素の音」だと思っていたものに、です。
なお、DelayやDoublerのタイム・フィードバックといった中身のパラメーターは、本稿が参照した版のコントロール一覧には出てきません。ユーザーに開かれているのはオン/オフとレベルだけで、中身の設定はGreg Wells側で作り込まれた状態が渡される構図です(内部の値が固定なのかホストのテンポに追従するのかまでは、本稿が参照した版のマニュアルには書かれていません)。
モノとステレオで響きが変わる——ステレオ前提の設計
マニュアルはDelay LevelとDoubler Levelの両方の項に、同じ趣旨の注記を付けています。「PianoCentricはステレオでの挙動を念頭に設計されている。ディレイのモノ/ステレオ特性の違いにより、モノ版とステレオ版のコンポーネントでは効果の聞こえ方が異なる」。
モノトラックで使うと壊れる、という話ではありません。同じ設定でも返しの響きが変わる、という公式の告知です。モノ素材からステレオ出力へ開くMono-to-Stereoコンポーネントが別に用意されているのも、ステレオ挙動を本来の姿とするこの設計と整合的です。
入力の校正とAnalog Noise——シリーズ共通の作法
手順の先頭に入力校正を置くのはシリーズ共通です。曲の最も大きな部分でSensitivity LED(消灯/緑/黄/赤の4状態)が黄色に点灯するようInputを調整し、Outputを同じ量だけ逆方向に動かして入出力の音量を揃えてから、Pianoノブに触ります。InputとOutputはプリセットを読み込んでも値が変わらない仕様です。
またマニュアルによれば、PianoCentricはアナログ信号経路の特定の要素をモデリングしており、その一部として少量のノイズの付加が含まれます。ノイズはツールバーのメニューでオン/オフでき、初期値はオフ。ノイズ無しだと「非常にクリーンだが、少し違う音」になると書かれています。
全パラメーター
| コントロール | 役割 | 範囲 | 初期値 |
|---|---|---|---|
| Input | 入力レベル(プリセットで変化しない) | −18〜+18 dB(0.1 dB刻み) | 0(リセット 0) |
| Sensitivity LED | 入力レベルの適正表示 | 消灯/緑/黄/赤 | — |
| Piano | 処理量と方向(左=ローファイ/右=ハイファイ) | −50〜+50(0.1刻み) | 0=ニュートラル(リセット 0) |
| Delay On/Off | 並列ディレイの返しのオン/オフ | On/Off | On(リセット Off) |
| Delay Level | ディレイの混ぜる量 | −24〜0 dB(0.1 dB刻み) | −13.6 dB(リセット −24 dB) |
| Doubler On/Off | 並列ダブラーの返しのオン/オフ | On/Off | On(リセット Off) |
| Doubler Level | ダブラーの混ぜる量 | −24〜0 dB(0.1 dB刻み) | −8.7 dB(リセット −24 dB) |
| Output | 出力レベル(プリセットで変化しない) | −18〜+18 dB(0.1 dB刻み) | 0(リセット 0) |
| Analog Noise | アナログノイズの付加(ツールバー内) | On/Off | Off |
このほか画面上部にWaveSystemツールバーがあり、プリセットの保存・読み込み、設定の比較、Undo/Redo、画面のリサイズを行います。
用途別・設定の始点
| やりたいこと | 触る場所 | 始点(公式記載の範囲) |
|---|---|---|
| ミックスで抜けるモダンなピアノ | Pianoノブを右(+側) | 校正後、明るくモダンなハイファイの方向へ |
| ローファイで少しクランチな音 | Pianoノブを左(−側) | フィルターされたローファイの方向へ |
| 厚み・広がりの調整 | Delay Level/Doubler Level | 初期値 −13.6 dB/−8.7 dBから上下 |
| Pianoノブの効果だけ聴く | Delay/Doublerをオフ | 初期状態はどちらもオンなので注意 |
| 入力の校正 | Input→Output | 最も大きな部分でLED黄、Outputは逆方向に同量 |
| 迷ったら | プリセット | 気に入ったものを起点にする(公式の推奨) |
ノブを何処まで回すか、というジャンル別の推奨値は公式マニュアルにありません。公式が言葉で定義しているのは方向の意味(左=ローファイ/右=ハイファイ)と校正の手順だけです。
似た製品との使い分け
Greg Wells Signature Seriesの中では、VoiceCentric(ボーカル用・シリーズ第1弾)が最も構成の近い姉妹機です。どちらも素材特化型で、メインノブに加えてDelay・Doublerの返しを持ちます(VoiceCentricはさらにReverbも持つ、と同機のマニュアルにあります)。対してMixCentricはミックス全体の仕上げ、ToneCentricはトラックを選ばない倍音付加で、こちらは素材を選ばない質感側の2本です。
メインノブの作りにも違いがあります。MixCentric・ToneCentricのノブが0〜100の一方向なのに対し、PianoCentricは−50〜+50の双方向。行き先が2つある製品はノブの形から違う、というわけです。
EQやリバーブで自分で作り込む道もあります。その場合の受け皿は、Renaissance EQのような通常のパラメトリックEQと、Renaissance Reverbのような空間系です。PianoCentricはそれらの決定を「行き先と量」の2操作に畳んだ製品、と位置づけられます。
よくある質問
エレピやシンセにも使えますか
マニュアルは対象を「ピアノまたはキーボードの録音(piano or keyboard recordings)」と書いています。アコースティックピアノ専用とは書かれていません。
ディレイタイムやフィードバックは調整できますか
本稿が参照した版のコントロール一覧に載っているのは、Delay/Doublerともオン・オフとレベルだけです。タイムやフィードバックの項目は出てきません。中身はあらかじめ作り込まれていて、ユーザーには混ぜる量だけが渡されている構図です。
モノトラックに挿すと音が変わりますか
マニュアルに「ステレオでの挙動を念頭に設計されており、モノ版とステレオ版のコンポーネントでは効果の聞こえ方が異なる」という注記があります。故障や設定ミスではなく、公式に告知された挙動です。
プリセットを読み込むと入出力の設定は消えますか
消えません。InputとOutputの値はプリセットの読み込みで変化しない、と両コントロールの項に明記されています。
まとめ
- Pianoノブは−50〜+50。右=ハイファイ、左=ローファイという「2つの行き先」を1本で選ぶ
- DelayとDoublerは並列の返しで、挿した時点でどちらもオン(−13.6 dB/−8.7 dB)
- ステレオ挙動を念頭にした設計で、モノ版とステレオ版では効果の聞こえ方が異なる



方向と、返しの量。このプラグインで下す判断は、結局そこに集約されます。





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