ミイうぅ……みぃの歌、サ行のところだけ「スッ!」って耳にキンと刺さるの。ヘッドホンで聴いてると痛くて、自分の歌なのに最後まで聴いてられないよぅ……。
歌ってみたやオリジナル曲のミックスで、「サ行だけ耳に刺さる」という悩みはとても多く聞きます。声そのものはきれいに録れているのに、「す」「し」「せ」の瞬間だけ「スッ!」「シッ!」と鋭い音が飛び出して、聴いていて疲れる。かといってボーカル全体の音量を下げると、今度は歌がオケに埋もれてしまう——そんな板挟みです。
結論から言うと、犯人は声全体ではなく、サ行にだけ含まれる「歯擦音(しさつおん)」という成分です。声のフェーダーをいくら上げ下げしても解決しないのは、狙う相手が違うからなんです。
この記事では、歯擦音がなぜ耳に痛いのかをまず理解してから、「録りで減らす」「ディエッサーで抑える」「ダイナミックEQでピンポイントに狙う」の3段階で直していきます。専用プラグインを買い足さなくても、DAW付属のディエッサーと無料のダイナミックEQで十分に対処できますので、安心して読み進めてください。
なぜサ行だけが耳に刺さるのか
正体は「歯擦音」——歯のすき間を抜ける息のノイズ
サ行やザ行、「ち」「つ」などを発音するとき、わたしたちは歯のすき間に強い息を通して「スーッ」という摩擦の音を作っています。これが歯擦音です。英語では「s」の音にちなんでシビランス(sibilance)と呼ばれ、ディエッサー(De-Esser)という道具の名前もここから来ています。
母音(あ・い・う・え・お)が声帯の振動から生まれる「音程のある音」なのに対して、歯擦音は音程を持たない、ノイズに近い高域の成分です。つまりボーカルの録音データには、「楽音としての声」と「ノイズに近い歯擦音」という、性質のまったく違う2種類の音が同居しています。性質が違うので、フェーダーやふつうのコンプレッサーでひとまとめに扱うと、どちらかが必ず犠牲になるわけです。
歯擦音は5〜9kHzに集中している
歯擦音のエネルギーは、おおよそ5〜9kHzの高域に集中しています。この帯域は、ハイハットの「チッ」やシンバルの「シャーン」と同じあたり。人間の耳は2〜5kHz前後の中高域にもっとも敏感にできていて、そのすぐ上にあるこの帯域も、鋭い音が瞬間的に飛び出すと強く「痛い」と感じます。
しかも歯擦音は持続時間がとても短く、一瞬だけ大きなレベルで飛び出します。平均音量を測るメーターではほとんど針が振れないのに、耳にははっきり刺さる。数値上は問題なさそうに見えるのに聴くと痛い——これが歯擦音の厄介なところです。
録音とミックスの過程で、刺さりはどんどん強調される
ふだんの会話や生歌では気にならなかったサ行が、録音を経ると急に目立つことがあります。よくある増幅パターンは次のとおりです。
- 感度の高いコンデンサーマイクに、近い距離で吹き込んでいる(高域の細部までくっきり収録される)
- コンプレッサーで音量差をならした結果、相対的に歯擦音が持ち上がった
- 「抜けを良くしたい」と高域をEQでブーストして、歯擦音まで一緒に持ち上げてしまった
- ラジオボイス風など高域強調系のエフェクトを重ねている
特に注意したいのがコンプレッサーです。連載#1「オケに埋もれるボーカルを前に出す3つの方法」で紹介した「音量の凸凹をならす」処理は、ボーカルを前に出すために欠かせませんが、副作用として小さかった歯擦音を目立たせます。ボーカル処理が上手くなってきた人ほどサ行に悩み始めるのは、実はとても自然な流れなんです。
自分の音源で「犯人確認」する方法
対策の前に、いま気になっている痛みが本当に歯擦音なのかを確かめておきましょう。やり方は簡単です。サビなど声量の大きいフレーズをループ再生して、「痛い」と感じた瞬間の歌詞を書き出してみてください。それがサ行・ザ行・「ち」「つ」に集中しているなら、犯人は歯擦音でほぼ確定です。
スペクトラムアナライザーがあれば、ボーカルトラックに挿して眺めるのも有効です。サ行の瞬間だけ5〜9kHzのあたりがピョコンと山になって飛び出すのが見えるはずです。逆に、母音の伸ばしのあいだじゅうずっと2〜4kHzがきついような場合は、歯擦音ではなく声質やEQバランスの問題なので、処方箋が変わります。まず犯人を見てから薬を選ぶ——この順番が遠回りに見えて近道です。
直し方は3段階——手前の工程で減らすほどラクになる
歯擦音対策は「①録りで減らす → ②ディエッサーで抑える → ③ダイナミックEQで狙い撃つ」の3段階で考えます。後ろの工程でがんばるより、手前の工程で減らしておくほど自然に仕上がります。逆に言えば、録りの時点で刺さりまくった素材をプラグインだけで完璧に直すのは難しい、ということでもあります。順番に見ていきましょう。
①録りの段階で減らす——マイクの角度と距離
いちばん効果が大きくて、いちばんお金のかからない対策が「録り方の見直し」です。歯擦音は口の正面方向へ鋭くまっすぐ飛ぶ性質があります。そのため、マイクを口の真正面からほんの少し外すだけで、飛び込む歯擦音の量は大きく変わります。
- マイクを口より少し上(鼻の高さくらい)に置き、わずかに見上げる位置関係で歌う
- または、マイクを正面から10〜20度ほど横にずらして、口の真正面を外す
- 距離は握りこぶし1〜2個分(およそ15〜20cm)を目安にする。近すぎると歯擦音も低域のこもりも過剰になる
- サ行が強い自覚がある人は、サ行の瞬間だけ少し顔を引く「マイクワーク」も効果的
ちなみに、マイクの前に付ける丸いポップガードは「ぱ」「ば」などの破裂音による吹かれ(ボフッという風の音)を防ぐための道具で、歯擦音にはほとんど効きません。役割が違うんです。「ポップガードを付けているのにサ行が刺さる」のは、道具のせいではなく、そもそも守備範囲の外だから、というわけです。
歌い方そのものでコントロールする道もあります。サ行を発音するときの息の強さを少しだけ緩める、子音を短めに切る——録る前にワンフレーズ試してみると、「あ、これだけで違う」と分かるはずです。録りの段階で減らした歯擦音は、あとの工程でいっさい処理する必要がありません。これがいちばん音質を損なわない対策です。
これから録る人・録り直せる人は、まず角度と距離を試してください。すでに録り終えた素材しか手元にない場合は、ここからがプラグインの出番です。
②ディエッサー——歯擦音の帯域だけに効くコンプレッサー
ディエッサーという名前は「エス(Ess=サ行の音)を取り除く(De-)」という意味です。仕組みは思っているよりずっとシンプルで、ディエッサーの正体は「決めた帯域だけに反応するコンプレッサー」です。
ふつうのコンプレッサーが声全体の音量を監視するのに対して、ディエッサーは5〜9kHzあたりの歯擦音の帯域だけを見張っています。サ行の瞬間にその帯域が飛び出すと、その一瞬だけ音量を下げ、サ行が終わればすぐ元に戻す。だから声の太さや温かみには手を付けずに、痛い瞬間だけをピンポイントで抑えられるのです。
設定は次の4ステップで進めます。
- ステップ1・帯域を探す:多くのディエッサーにある「リッスン(Listen)」機能をオンにして、検知帯域だけを聴きながら、サ行がいちばん強く聞こえる周波数を探す
- ステップ2・周波数を合わせる:見つけた場所に検知周波数を設定する。迷ったら6kHz前後から始めてみる
- ステップ3・スレッショルドを下げる:サ行の瞬間だけリダクションメーターが動く深さまで下げる。歌のあいだ常にメーターが動いていたら下げすぎ
- ステップ4・効き方を選ぶ:「スプリットバンド」モードが選べるなら選ぶ。歯擦音の帯域だけを下げる方式なので副作用が少ない
| パラメータ | 役割 | 目安 |
|---|---|---|
| 周波数(Frequency) | 見張る帯域の中心を決める | 5〜9kHzのなかでリッスン機能を使って実測 |
| スレッショルド(Threshold) | 効き始めるレベルを決める | サ行の瞬間だけ反応する深さで止める |
| リダクション量 | 実際にどれだけ下がったか | いちばん強いサ行で3〜6dB程度 |
| モード | 下げ方の方式 | 選べるならスプリットバンド(帯域だけ下げる) |
ディエッサーによっては、歯擦音を検知したら声全体の音量を下げる「ワイドバンド」方式しか選べないものもあります。その場合は効きを浅めにしておくと不自然になりにくいです。深く効かせたいときほど、スプリットバンド方式か、次に紹介するダイナミックEQの出番だと考えてください。
設定を追い込むときは、曲中でいちばん声量の大きいフレーズ(たいていはサビ)を基準にするのがコツです。静かなAメロに合わせてスレッショルドを決めると、サビで歯擦音が急に強くなったときに抑えきれません。逆にサビで決めておけば、静かな場所ではほとんど動かず、必要なときだけ働く「気の利く」設定になります。
ちなみに、プラグインを使わない原始的な方法として、波形編集でサ行の部分だけ音量(クリップゲイン)を手動で下げるやり方もあります。手間はかかりますが、どんなプラグインより自然に仕上がるため、プロの現場でも「目立つ数カ所だけ手作業、残りはディエッサー」という合わせ技がよく使われます。どうしても不自然になる箇所があったら思い出してください。



あっ、サ行のとこだけスッて引っ込んだ……!ほかの言葉はそのまんまなのに、痛いとこだけ小さくなるんだねぇ。ディエッサーくん、かしこい。みぃ、ちょっと感動しちゃった。
③ダイナミックEQでピンポイントに狙う
ディエッサーで大まかに整えても、「特定の高さの『し』だけ、まだキンとする」というケースがあります。歌い手さんの声質や滑舌によって、刺さる周波数がかなり狭い範囲に集中していることがあるからです。そんな仕上げの一手に使うのがダイナミックEQです。
ダイナミックEQは「音が飛び出した瞬間だけ効くEQ」です。ふつうのEQで5〜9kHzを削りっぱなしにすると、歯擦音と一緒に声の明るさや空気感まで失われてしまいます。ダイナミックEQなら、刺さる瞬間だけ・刺さる周波数だけを狙って抑えられるので、声の輝きを保ったまま痛みだけを取り除けます。
手順はこうです。まずバンドの幅を狭く(Qを高く)設定し、いったんブーストした状態で周波数を左右に動かして、刺さりがいちばん強調される場所を探します。見つけたらブーストをやめてそのバンドをダイナミックモードに切り替え、「サ行の瞬間だけ2〜4dB下がる」ようにスレッショルドを調整します。ディエッサーより手数は増えますが、そのぶん外科手術のように精密です。
刺さるポイントが2カ所ある声(たとえば6kHz付近と8kHz付近の両方が暴れるタイプ)でも、ダイナミックEQならバンドを2つ立てて別々に管理できます。ここは検知周波数が1つしかない一般的なディエッサーでは対応しづらい部分で、ダイナミックEQを覚える価値がいちばん出るところです。
ダイナミックEQは無料のTDR Novaで十分に実戦投入できます。導入から基本操作まではTDR Novaの使い方で詳しく解説しているので、手元にダイナミックEQがない人はこちらからどうぞ。
かけすぎの罠——サ行が消えると「舌足らず」になる
ディエッサーには分かりやすい副作用があります。効かせすぎると、サ行の子音そのものが削れて「舌足らず」な発音に聞こえるのです。「さしすせそ」がどこか「しゃ・し・しゅ・しぇ・しょ」に寄ったような、輪郭のぼやけた歌になってしまいます。
ここで思い出してほしいのは、歯擦音は「痛い成分」であると同時に、歌詞の子音を聞き取らせる大事な情報でもある、ということです。ゼロにするのが目的ではなく、痛くないところまで減らすのが目的。ここを取り違えると、せっかくの歌から明瞭さと元気が失われます。
かけすぎを防ぐ目安として、リダクションは「いちばん強いサ行で3〜6dB、深くても6dB前後まで」と覚えておいてください。そのうえで、次のチェックポイントを習慣にしましょう。
- こまめにバイパス(オン/オフ)して、かける前と発音の明瞭さを聴き比べる
- ボーカル単体(ソロ)ではなく、必ずオケと混ぜた状態で最終判断する
- 1台で足りなければ、深い1台より「浅い2台」に分けて自然さを保つ
- 迷ったら浅めで止める。「まだ少し聞こえるかな」くらいがちょうどいい
ソロで聴くと気になる歯擦音も、オケに混ざると案外気にならないものです。ソロ再生で完璧に消そうとすると、ほぼ確実にかけすぎます。判定はいつも「曲全体の中で痛くないか」で下してください。また、再生環境によって歯擦音の見え方は大きく変わります。仕上げの確認は、ヘッドホンだけでなくイヤホンやスマホのスピーカーでも一度聴いてみると安心です。イヤホンは耳との距離が近いぶん、刺さりにいちばん敏感な環境だからです。



調子に乗って効かせすぎたら、みぃの発音がふにゃふにゃになっちゃった……。消しきるんじゃなくて、「ちょっとまだ聞こえるかな?」で止めるのがコツなんだねぇ。
よくある質問
Q1. ディエッサーはエフェクトの並び順のどこに挿せばいい?
基本は「コンプレッサーの後ろ」が定番です。コンプレッサーは歯擦音を目立たせるので、その後ろに置けば「目立ったあとの状態」を監視して確実に抑えられます。また、サチュレーションなどの歪み系エフェクトを使う場合は、その手前にディエッサーを置くと、歯擦音が歪んでジャリジャリした音になるのを防げます。まずは「コンプの直後」から始めれば大丈夫です。
Q2. DAW付属にディエッサーが見当たらないときは?
主要なDAWの多くにはディエッサーが付属していますが、見当たらない場合はダイナミックEQやマルチバンドコンプレッサーで代用できます。本文③の手順のとおり、歯擦音の帯域にダイナミックなバンドを1つ作れば、それはもう実質ディエッサーです。無料で始めるならTDR Novaが定番で、この連載でも仕上げの定位置として使っています。
Q3. 男性ボーカルと女性ボーカルで設定する周波数は違う?
傾向としては、男性はやや低め(4〜6kHzあたり)、女性はやや高め(6〜9kHzあたり)に歯擦音の中心が来ることが多いです。ただし個人差がとても大きいので、数字を暗記するより、リッスン機能で毎回実際に探すほうが確実です。同じ歌い手でも、曲のキーやマイクとの距離が変われば刺さる場所も変わることがあります。「この人はいつも6.5kHz」のように、よく録る歌い手さんの傾向をメモしておくと、次回からの設定がぐっと速くなりますよ。
サ行の刺さりは、「声の中にノイズ気質の別キャラが同居している」と分かってしまえば、もう怖くありません。録りの角度と距離で減らし、ディエッサーで痛い瞬間だけを抑え、残った狭い刺さりをダイナミックEQで狙い撃つ。この3段階で、耳に優しくて歌詞もはっきり届くボーカルに仕上げていきましょう。
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