ねこみこドールズのメンバーが、自分の担当パートのミックスを困った場面から順番に片づけていく連載です。第5回は鍵盤と上物全般を担当するユウナ。テーマは「重ねるほど曇る」です。
上物は、足し算が一番裏目に出るセクションです。パッドもピアノもストリングスも、単体では全帯域を鳴らすフルレンジ楽器なので、何も考えずに重ねると全部が同じ場所を埋めて曇ります。
この記事では、曇る2つの原因・引き算と広げ方の3手順・モノラル互換の確認方法までをまとめます。
なぜ上物は重ねるほど曇るのか
原因1:全部がフルレンジで重なっている
パッド・ピアノ・ストリングス・エレピは、どれも低域から高域まで鳴る。それぞれが必要としていない低域と中域を持ったまま重なるので、枚数が増えるほど濁りだけが積み上がる。
原因2:広げすぎて位相が壊れている
ステレオ幅を広げる処理は、左右の位相差を作ることで実現している。やりすぎるとモノラル再生時に左右が打ち消し合い、音が痩せる・消えるという現象が起きる。
方法1:上物にこそハイパスをかける
もっとも効果が大きく、もっとも見落とされている処理です。上物に低域の仕事はほとんどありません。
- パッドにハイパスフィルターを入れます。目安は200〜300Hz。かなり高く感じますが、パッドの役割は空気感なので問題ありません。
- ストリングスは150〜250Hz。低音側はベースとチェロ的な役割が衝突しやすい場所です。
- ピアノやエレピは曲によります。左手が伴奏の芯を担っているなら控えめに、コード保持だけなら思い切って上げます。
- 入れた直後は必ず「細くなった」と感じます。その判断はソロでせず、全体で聴いて決めてください。オケの中では逆に前に出ているはずです。
方法2:役割を1つずつ決めて、重複を引く
ここが今回の核心です。同じ帯域に、同じ役割の楽器を2つ置かない。これだけで上物の濁りは大きく減ります。
- コード感を支える楽器を1つだけ決めます。ピアノかパッドか、どちらかです。両方が同じ和音を同じ音域で鳴らしているなら、それは1つで足ります。
- 残った楽器はオクターブをずらします。ピアノが中域を弾くならパッドは上のオクターブへ、というように縦に場所を分けます。
- それでも重なる部分は、脇役側をイコライザーで1〜3dB削ります。主役を上げるのではなく、脇役を下げるのが鉄則です。
- ボーカルとぶつかる1〜3kHzは、上物側で常に譲ります。歌モノでこの帯域を上物が主張すると、歌詞が聞き取れなくなります。
豪華さは、枚数ではなくそれぞれの役割がはっきりしていることから生まれます。実際にプロの音源をアナライザーで見ると、思ったより上物のトラック数は少なく、代わりに一つ一つの居場所が明確です。



あ、ダブルスと一緒だ。二人で同じボール追いかけたら絶対ぶつかるもん。前衛と後衛、どっちがどこ守るか決めてないと動けないんだよね。……音も、ポジション決めるところからか。
方法3:広げる前に「置く」
ステレオイメージャーを使う前にやるべきことがあります。順番を間違えると、広げても散らかるだけです。
- まずパンニングで配置します。左右に振り分けるだけで、幅を広げなくても空間は生まれます。中央はボーカルとベースとキックの席なので、上物は基本的に外側です。
- それでも足りないときだけステレオイメージャーを使います。かける量は控えめに、1トラックずつ判断します。
- 低域はモノラルに保ちます。低い音を広げると位相の問題が最も出やすく、得るものがありません。
- 広げたら必ずモノラルで再生して確認します。痩せる・消えるようなら広げすぎです。スマートスピーカーや店舗BGMはモノラル再生が珍しくありません。
症状別・最初に試すことの早見表
| 症状 | まず試すこと | 目安 |
|---|---|---|
| 重ねるほど曇る | 方法1(上物のハイパス) | パッド200〜300Hz/ストリングス150〜250Hz |
| ピアノとパッドが喧嘩する | 方法2(役割を1つに絞る) | オクターブを分ける/脇役を1〜3dB削る |
| 歌詞が聞き取りにくい | 上物側で1〜3kHzを譲る | 1〜3dBカット |
| モノラルにすると消える | 広げすぎ。イメージャーを戻す | 低域はモノラルに保つ |
| 豪華にしたのに迫力がない | トラックを減らす | 役割の重複を1つずつ削除 |
使う道具(DAW付属でどこまでできるか)
今回は引き算が主役なので、必要なのは付属EQとパンだけです。買い足す前に減らすほうが効きます。
| やること | DAW付属での代替 | 専用機を使うなら |
|---|---|---|
| 不要な低域を落とす | 付属EQのハイパスで完結 | 特になし。ここは付属で十分 |
| 重複帯域を削る | 付属EQ。アナライザー表示があると探しやすい | ぶつかる瞬間だけ反応するダイナミックEQ |
| 配置する | DAWのパンで完結 | 不要 |
| 幅を広げる | 付属のステレオ系エフェクト | S1 Stereo Imagerのような専用機 |
| モノラル確認 | マスターに付属のユーティリティを挿してモノラル化 | 位相メーター付きの解析ツール |
よくある質問
Q. パッドに200Hzのハイパスは高すぎませんか?
単体で聴くと確かに違和感があります。ただしパッドの役割は「空気を満たすこと」であって「低音を支えること」ではありません。低音はベースとキックの仕事なので、そこを譲るとミックス全体の見通しが良くなります。物足りなければ150Hzあたりまで戻して調整してください。
Q. モノラル確認は本当に必要ですか?
必要です。スマートスピーカー、店舗のBGM、スマホの内蔵スピーカー、動画サイトの一部再生環境などはモノラルまたはそれに近い状態で鳴ります。ステレオでしか成立しないミックスは、聴かれる場所を自分で狭めていることになります。
Q. 上物の枚数はどのくらいが適正ですか?
枚数に正解はありませんが、判断基準はあります。1トラック消してみて、何も失われないなら、それは不要なトラックです。豪華さは枚数ではなく役割の明確さから生まれるので、迷ったら減らす方向で試してください。



ふふ、ユウナさんの喩えがいちばん分かりやすいですね。文章でも、飾りの言葉を足すほど意味は薄まります。何を書くかと同じくらい、何を書かないかが効くんです。減らす勇気は、いつも一番あとから身につきますね。
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次回は連載の締めくくり、アヤノ先生のまとめ室。ミックスが終わったあとに何をするのか、個人制作のマスタリング最小手順を扱います。



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