この記事では、Waves の単体ディエッサー「DeEsser」が、なぜあの素っ気ないインターフェースで成立しているのかを、公式ユーザーガイドと公式製品ページの記載だけで分解します。サイドチェーンの中身がハードニーのコンプレッサーであること、しきい値に数値の目盛りが振られていないこと、そしてファクトリープリセットの周波数が示す「設定値より下まで届く」効き方まで扱います。
先に版の話をします。本稿が基準にしたのは、Waves が製品ページの manualPDF フィールドで指している現行の公式ユーザーガイド(英語・全11ページ/PDF作成日 2024-01-31・CDN の Last-Modified は 2024-06-24)です。製品に同梱されているガイドは同じ全11ページですが作成日は 2011-09-13 で、13年ぶんの差があります。両版を1文ずつ突き合わせた結果、コントロールの増減はゼロ、プリセットの周波数も全て同一、13年で新しく増えた数値の記載は1か所だけでした。何が増えたのかは本文で扱います。現行版にしかない記述は現在形で、2011年版にしかない記述は「2011年版ガイドでは」と断って書き分けます。
以下の範囲・初期値・コントロール名はすべて公式ユーザーガイドおよび公式製品ページの記載で、編集部の実測値ではありません。編集部は本製品を所有していないため使用感の描写はせず、公式資料で裏が取れない数値は書きません。ガイドに書かれていない項目は「ガイドに記載がない」とそのまま記し、公式製品ページのほうに記載がある場合は出典を添えて併記します。
カホ13年ぶりに改訂されたガイドで、新しく増えた数値の記載はたった1か所。これは手抜きではなく、この製品が最初から完成していたということです。
この記事でわかること
- サイドチェーンのコンプがハードニーであることが、しきい値の置き方に何を意味するか
- Thresh に数値の目盛りが無い代わりに、ガイドが何を根拠にしろと書いているか
- プリセットの周波数(5506/4500/3385/6779/5077 Hz)が示す、設定値より下まで届く効き方
- Renaissance DeEsser のガイドが DeEsser をどう位置づけているか(吸収された側ではなく、部品として持ち込まれた側)
DeEsserとは|何を解決する製品か
この製品が何を代替しているのかは、ガイドの第6章(FAQ)にはっきり書かれています。「サイドチェーン部を持つほとんどのコンプレッサーはディエッサーとして使える。ただし、削る周波数帯を選ぶために外部のイコライザーが必要になる。そうしたコンプレッサーはワイドバンドのオーディオが通過するので、すべての周波数を等しく圧縮する」——つまり DeEsser は、外付けの EQ とコンプレッサーで組んでいた回路を1枚にまとめた製品です。しかも、そこから一歩進めて、オーディオ側を分割するかどうかまで選べるようにしてある。
適用範囲についてのガイドの言い方も、ディエッサーとしてはかなり強気です。第3章は「サイドチェーンに非常に鋭いフィルターを備え、ワイドバンドとスプリットのオーディオパスを選べる DeEsser は、フルミックス、ソロのボーカルテイク、楽器の処理に適している」と書き、続けて「完成したミックスへの穏やかなディエッシングは、素晴らしい響きの結果をもたらす」とまで言っています。単一トラック専用の道具という位置づけではない、というのが公式ガイドの書きぶりです。
Waves 公式の製品説明も同じ方向を向いています。英語の製品ページは「ボーカルトラックから過剰な歯擦音(ess と shh の音)を減らすことにかけて、最小限の手間で滑らかで自然な出力を届ける Waves DeEsser に比肩するものはない」と書き、カテゴリーは Vocals に置かれています。日本の代理店ページが挙げている特徴は、鋭いサイドチェーンフィルター、ワイドバンドまたはスプリットのコンプレッションモード、Audio と Sidechain の切り替えモニター、そして Mono/Stereo の2コンポーネント構成の4点です(コンポーネント構成はユーザーガイドには記載がなく、製品ページ側の情報です)。
定価は 17,380 円です(2026年9月5日時点・wavesjapan.jp の製品ページ)。セール期間中は表示価格が定価を下回るため、購入前に必ず公式ページで現在の価格を確認してください。バンドルへの収録状況も構成が改編されるため、同じく公式ページでの確認をおすすめします。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
サイドチェーンの中身は3点セット。核はハードニーのコンプレッサー
第5章「DeEsser Internal Design」が構造をそのまま開示しています。入力された信号はオーディオパスとサイドチェーンに分岐する。サイドチェーンはフィルター、エネルギー検出器、コンプレッサーの3つで構成される。フィルターで削り出した信号のエネルギーを測り、それをユーザーが設定したしきい値に照らして減衰量に翻訳し、その減衰量をオーディオパス側に適用して出力にする——という流れです。
ここでガイドが使っている表現が重要です。エネルギーを減衰量に翻訳するのは「ハードニーのコンプレッサー」だと明記されています。そして挙動もそのまま書かれている。サイドチェーンのエネルギーがしきい値より下にあるとき、コンプレッサーは減衰をまったく生みません。エネルギーがしきい値を超えると減衰が発生し、しきい値を超えたエネルギーが大きいほど減衰も大きくなる。
この一文が、この製品のつまみの少なさを説明しています。減衰の上限を決める項目が第4章のコントロール一覧に立てられていないことと、しきい値の超過量がそのまま減衰量になるという第5章の記述は、表裏の関係にあります。言い換えると、DeEsser の Thresh は「どこから効き始めるか」と「どれくらい効くか」を兼ねている。後発の Renaissance DeEsser がこの2つを Threshold と Range に分離したのに対し、DeEsser は分離していません。どちらが優れているかではなく、決めるべきことの数が違います。
しきい値に数値が無い。代わりにメーターと目盛りが揃えてある
本稿が参照した2011年版・2024年版のどちらにも、Thresh の数値範囲と初期値を書いた行はありません。Freq もガイドには範囲の記載がなく、初期値だけが第7章に 5506 Hz と書かれています。ただし範囲のほうは公式製品ページに出ていて、「2kHz から 16 kHz まで可変」と書かれています(waves.com の DeEsser 製品ページ・2026年9月5日確認)。他社製品のマニュアルによくある Range: / Default: 形式の仕様行が、この製品のガイドには用意されていない、ということです。
その代わりに、ガイドは表示側の設計を説明しています。Energy Detector は「サイドチェーンのエネルギー(0 dBFS 以下の dB 値)」を示すもので、エネルギーのバーメーターとしきい値のスライダーは、調整と視覚的なフィードバックがしやすいように揃えて配置されていると書かれています。第2章のクイックスタートも「しきい値のスライダーが青いバーメーター(エネルギー検出器)のピークより下にあるとき、減衰が起こる」という言い方で、数値ではなくメーターとの位置関係で説明しています。
操作の向きも押さえておきます。スライダーを下げるほど減衰は増えます。ガイドは「エスが十分に減衰するまでしきい値をドラッグして下げる」と書き、そのすぐ後に「しきい値を下げすぎると、こもった音(=減衰のかけすぎ)になる」と注意しています。第6章の言い方はもっと端的で、「歌い手の前歯を2本抜いたような音になってきたら、しきい値が低すぎる」。下げる=強くなる、で一貫しています。



数値が書かれていないのは不親切なのではなく、書く場所を変えたということです。数字ではなくメーターの高さで決めろ、と設計側が言っている。迷ったら青いバーの頭を見てください。
Freq は壁ではなく肩。ガイドが数字を挙げているのは2例だけ
第7章は、設定した周波数から下にどこまで効くかを2か所で具体的に書いています。ひとつは初期状態について。「初期の周波数設定は 5506 Hz で、これは約 3 kHz まで減衰させる。主要な減衰は 5 kHz から上で起こる」。もうひとつは Male Shh プリセットについて。「Male Shh には 3385 Hz が設定されている。DeEsser は約 1700 Hz まで届くが、最大ゲインリダクションは次第に小さくなる」。
この2例が示しているのは、Freq で設定するのはフィルターの肩であって、そこから下がまったく無傷になるわけではないということです。5506 Hz に置いても 3 kHz あたりまでは効き、3385 Hz に置けば 1700 Hz あたりまで効く。いずれも「減衰量を減らしながら」効くので、下の帯域が同じだけ削られるわけではありません。設定値から下にどこまで届くかについてガイドが具体的な数字を挙げているのはこの2例だけなので、他の設定値については本稿でも数字を作りません。
この性質は Male Shh の設計理由にもつながっています。ガイドいわく「ほとんどの shh 音は ess 音より1オクターブ近く低い。ただし Freq を低く設定しすぎると、音の広い範囲が影響を受けてしまう」。だから shh 用のプリセットでも、shh の中心そのものまでは下げずに 3385 Hz で止めてある。肩を下げれば下も巻き込む、という前提があるから、この妥協が必要になるわけです。
13年ぶりの改訂で増えた数値は、Output メーターの範囲ひとつだけ
同梱の2011年版と現行の2024年版を1文ずつ突き合わせると、書き換わった箇所は次のとおりです。仕様として意味のある変更は最後の1点だけでした。
- 第1章に、Waves アカウント・Waves Update Plan・サポートページの案内が新設された(2011年版には無い定型文)
- 第7章の冒頭が「ファクトリープリセットは Load ボタンのメニューに現れる(WaveSystem マニュアル参照)」から、プラグイン上部のバーでプリセットの保存・読み込み・比較・アンドゥ/リドゥ・プラグインのリサイズができるという説明に差し替わった
- 第4章の冒頭にあった「標準コントロールの完全な説明は WaveSystem マニュアルを参照」という一文が削除された。Freq の項からも同様の参照が消えた
- 減衰量表示のラベルが Attn から Atten に改称された
- Output の説明が「無限ピークホールド機能が最高出力レベルを示す。クリックでリセット」から「メーターの範囲は −30 dBFS から 0 dBFS。ピークレベルはメーターの下に表示される。クリックでリセット」に変わった
つまり増えた数値は Output メーターの −30 dBFS 〜 0 dBFS だけです。第4章が見出しを立てているコントロールの顔ぶれ、プリセットの周波数5つ、FAQ の5問、そして第5章の内部設計の説明は、次に挙げる誤植1か所を除いて13年間変わっていません。同じディエッサーでも Renaissance DeEsser のほうは、同梱の2001年版ガイドが「ADAPTIVE THRESHOLD 0 TO −80DB, DEFAULT VALUE: −6DB」と書いていたところが、現行の2019年版では初期値 −40 dB になっており、18年で 34 dB 動いています。それと比べると、DeEsser の安定ぶりは特筆に値します。
ついでに、現行版で新しく入り込んだ誤植も記録しておきます。第5章の Audio path の節が「In Wideband mode, attenuation isß applied to the entire audio.」となっており、is の直後に不要な文字が混ざっています。2011年版は「attenuation is applied to the entire audio.」で正常でした。抽出ツール3系統がいずれも同じ文字を返し、誌面を画像化しても同じ位置に見えるので、PDF 側の誤植です。意味は明らかなので実害はありませんが、新しい版だから正確とは限らない、という例のひとつではあります。
プリセット章の冒頭と Default の節が、同じページの中で食い違っている
第7章には注意が必要な箇所があります。章の冒頭は「すべてのプリセットは DeEsser を Split モードにし、BandPass のサイドチェーンフィルターモードを使う」と書いています。ところがその数行下、Default の節には「初期のサイドチェーンフィルターモードは、汎用のディエッシング用に HighPass である」と書かれています。BandPass と HighPass、同じページで逆のことが書かれている形です。
この食い違いは 2011年版・2024年版の両方に同じ形で存在します(13年の改訂でも直っていません)。読み方としては、冒頭の「すべてのプリセット」が Male Ess 以降の声質別プリセットを指し、Default はそこに含めていない、と解するのが素直です。ただしガイドはそう断ってはいないので、本稿では両方の記述をそのまま示すに留めます。実務上の影響は限定的で、SideChain のボタンは画面上で状態が見えるため、プリセットを読み込んだあと目視すれば済みます。



公式マニュアルにも矛盾はあります。書いてあるから正しい、ではなく、どこにどう書いてあるかまで見る。プリセットを読んだら SideChain のボタンを1回見る、で解決します。
全パラメーター
現行版ガイドの第4章「DeEsser Controls」が見出しを立てているのは Thresh / Audio / Freq / SideChain / Monitor の5つ、「DeEsser Displays」が見出しを立てているのは Energy Detector / Atten / Output の3つです。範囲・初期値は、ガイドに記載があるものを載せます。ガイドに記載がない欄はその旨を明記し、公式製品ページのほうに記載があるものは出典を添えて併記しました。
| コントロール | 範囲 | 初期値 | 役割 |
|---|---|---|---|
| Thresh | ガイドに記載なし | ガイドに記載なし | サイドチェーンで減衰が始まるレベル。下げるほど減衰が増える |
| Audio | Wideband / Split | Split | 減衰をオーディオ全帯域に効かせるか、分割した高域だけに効かせるか |
| Freq | ガイドに記載なし(公式製品ページの記載は 2 kHz 〜 16 kHz。値ウィンドウで設定) | 5506 Hz | サイドチェーンフィルターの周波数 |
| SideChain | HighPass / BandPass | HighPass ※第7章冒頭は「全プリセットは BandPass」とも書く | 検出に使うフィルターの種類 |
| Monitor | Audio / SideChain | ガイドに記載なし | サイドチェーンの信号だけを試聴する。SideChain 時は下の黄色いランプが点灯 |
| Energy Detector(表示) | 0 dBFS 以下の dB 値 | — | サイドチェーンのエネルギー。しきい値スライダーと目盛りが揃えてある |
| Atten(表示) | ガイドに記載なし | — | オーディオ信号に適用されている瞬時のゲインリダクション量(dB) |
| Output(表示) | −30 dBFS 〜 0 dBFS | — | 出力レベル。ピーク値はメーターの下に表示。クリックでリセット |
表に無い機能について、範囲を限定して書いておきます。現行版ガイド全11ページを全文検索したかぎり、ratio・attack・release・lookahead・adaptive・mid/side は、独立した語としては1件も出てきません(”ratio” は operation の一部、”m/s” は URL の一部としてのみ一致します)。2011年版でも同じ結果でした。パラレル処理用のミックス量を決める項目も、第4章の見出しには立てられていません(”mix” の5件はいずれも full mixes / mixed tracks という語としての出現です)。時間軸やレシオを自分で決めたい場合は、この製品ではなく汎用コンプレッサー側を選ぶことになります。
用途別・設定の始点
ガイドが数字を示している出発点は、ファクトリープリセットの周波数です。第7章は「一般的な設定を男声用と女声用に用意してあるが、楽器にも使える。セットアップは便利な出発点として提供されており、各セットアップの違いは開始周波数である」と明言しています。つまり、5つのプリセットは Freq 以外の性格づけの違いではなく、周波数の置き所の違いだ、ということです。
| プリセット | Freq | ガイドの説明 |
|---|---|---|
| Default | 5506 Hz | 初めて起動したときの設定。ほぼあらゆる会話・歌の録音に適する。約 3 kHz まで減衰し、主要な減衰は 5 kHz から上 |
| Male Ess | 4500 Hz | 男性は女性よりエスの周波数が低いことが多いため。平均的な男性のエスの低い側をカバーする |
| Male Shh | 3385 Hz | shh は ess より1オクターブ近く低いが、下げすぎると音の広い範囲が影響を受けるため 3385 Hz で止めてある。約 1700 Hz まで届く |
| Female Ess | 6779 Hz | 女性の発声は男性より高い、ときにはずっと高いエスを持つため |
| Female Shh | 5077 Hz | 女性の shh の範囲をカバーする。エスより低いが、男性の shh ほど耳障りでも低くもない |
ガイドが付けている補足も実務的です。ひとつ、「shh 用の設定は ch・th、そして t・d・k のような硬い子音にも同じく関係する」。もうひとつ、女性の声については「エスの中心が 9 kHz にまで達することがある」ので、プリセットから Freq を大きく動かす必要が出る場合がある、とされています。プリセットの周波数はいずれも「多数の声を平均して決めた」値だ、とも明記されています。
調整の手順は第2章がそのまま4ステップで示しています。①Load から目的に近いプリセットを読み込む(ガイドの例は Male Ess で、これでサイドチェーンの周波数が 4500 Hz に設定される)。②エスが十分に減衰するまで Threshold を下げる。③Monitor を SideChain 側にしてサイドチェーンを聴きながら、HighPass と BandPass のどちらを使うか決める。④サイドチェーンを聴いたまま、エスだけが聞こえて他がなるべく聞こえない位置まで Freq を追い込む。周波数を先に決めてからしきい値を触るのではなく、しきい値で反応を作ってから周波数を詰めるという順序になっている点は、覚えておく価値があります。
フィルター種別の選び分けは、FAQ が判断基準を明示しています。BandPass は「エスの一種類だけを切り離したい」とき。ガイドが挙げる例は、男性の声で “Sweat” のエスがエネルギーを 6 kHz 付近に持ち、”Sugar” は 4 kHz 付近に持つ、という対比です。片方だけを減らしたいなら BandPass を使う。HighPass は「減らしたいエス音が複数種類ある」とき、そして声の一貫性が低いときに推奨されますが、弦楽器や高音の楽器といった他の高域音まで圧縮してしまう確率が上がると明記されています。巻き込みたくない高域音が同じトラックに入っているかどうかが、この注意書きの効いてくる場面です。
Audio 側の選択にも、ガイドは理由まで書いています。Split を選ぶのは「最も正確で強いディエッシング」と「混ざったトラック」のとき。Wideband を選ぶのは「声だけのトラックへの穏やかなディエッシング」と、処理経路にクロスオーバーを入れたくないとき。楽器と声が混ざったトラックをディエッシングしなければならない場合、Split は「ほぼ必須」とまで書かれています。
似た製品との使い分け
まず系譜の話から。Renaissance DeEsser の公式ユーザーガイド(2019年版)は、自機を「Waves C4、Renaissance VOX、Waves DeEsser で使われている技術を、より濁りなく効果的にする独自機能と組み合わせたもの」だと説明しています。つまり DeEsser は後継機に置き換えられた旧製品ではなく、後継機に部品として持ち込まれた側です。C4 と Renaissance Vox については当サイトに個別の解説があります(C4 Multiband Compressor / Renaissance Vox)。
系譜の証拠は文面にも残っています。Renaissance DeEsser のガイドが Frequency の Default Value として挙げている数字は 5506——DeEsser の初期周波数とまったく同じ値です(ただし R-DeEsser 側は単位を「5506 kHz」と書いており、同じ行の範囲表記が 2 kHz 〜 16 kHz であることと整合しません。単位の誤植と読むほかありません)。周波数の選び方の例文も両ガイドに共通です。DeEsser 側の表記は “Sweat”、R-DeEsser 側は “sweet” で単語こそ揺れていますが、対比に使う “Sugar”(”sugar”)も、6 kHz と 4 kHz という数字も、男性の声という前提も同じです。
そのうえで、決めるべきことの数がはっきり違います。Renaissance DeEsser は、DeEsser のしきい値が兼ねていた「感度」と「量」を、Threshold と Range に分離しました。R-DeEsser のガイドは Threshold を −80 dB 〜 0 dB(初期値 −40 dB)、Range を −48 dB 〜 0 dB(初期値 −16 dB)と数値で規定し、しきい値を「適応型」と呼んで、一般的な「絶対値」しきい値の処理と対比しています。DeEsser のガイドには adaptive の語が1件も出てこず、しきい値の数値そのものも書かれていません。つまみは減り、決めることも減っている代わりに、減衰の深さに上限を設ける手段は用意されていない、という関係です。
もう1系統、Sibilance は検出のやり方から違います。Sibilance の公式ガイド(全7ページ)は、Organic ReSynthesis で音をピッチ・フォルマント・振幅・キャリアといった基本要素に分解し、そのうち Formant Weight という要素を検出と操作に使う、と説明しています。結果として、コントロール一覧に中心周波数を指定するつまみが無く、代わりに検出の幅を決める Detection Width(0〜100・初期値50%)が置かれています。しきい値は −80 dB 〜 0 dB(初期値 −12.5 dB)、Range は 0 dB 〜 −48 dB(初期値 −14 dB)で、Wide と Split は二者択一ではなく 0〜100 の連続ノブです。
3つを1本の軸で並べると、「何を分離したか」の違いに整理できます。DeEsser は周波数を耳で決めさせ、感度と量をしきい値1本にまとめた。Renaissance DeEsser は感度と量を分けた。Sibilance は周波数を決める作業そのものを検出アルゴリズムに肩代わりさせ、代わりに検出幅を与えた。決める項目が少ないほど速く、多いほど追い込める——選択の基準はそこにあります。なお圧縮そのものの考え方を整理したい場合は、コンプレッサーの基礎 や C1 Compressor の解説を先に読むと判断が速くなります。
この記事は設計と根拠の側から書いています。DeEsser を実際に立ち上げて操作する手順から知りたい場合は、入門側の DeEsserの使い方徹底解説 を先に読んでください。
よくある質問
Thresh の範囲が資料のどこにも見つかりません
本稿が参照した2011年版・2024年版のどちらにも、Thresh の数値範囲と初期値を書いた行はありません。ガイドは代わりに、エネルギーのバーメーターとしきい値スライダーが揃えて配置されていること、スライダーがメーターのピークより下にあるとき減衰が起こることを説明しています。数値で管理したい場合は、しきい値そのものではなく、dB で示される Atten(瞬時のゲインリダクション量)や Output(メーター範囲 −30 dBFS 〜 0 dBFS)を見ることになります。
減衰量の上限を決めるつまみはありますか
現行版ガイドの第4章が見出しを立てているコントロールは Thresh / Audio / Freq / SideChain / Monitor の5つで、この中に減衰量の上限を設定する項目はありません。第5章は「しきい値を超えたエネルギーが大きいほど減衰も大きくなる」と書いており、上限を切る仕組みには触れていません。深さに天井を設けたい場合は、Range を持つ Renaissance DeEsser や Sibilance が選択肢になります。
Wideband と Split はどちらを選べばいいですか
ガイドが判断基準を明示しています。Split は「最も正確で強いディエッシング」と「混ざったトラック」向け。Wideband は「声だけのトラックへの穏やかなディエッシング」と「処理経路にクロスオーバーを入れたくないとき」向けです。楽器と声が混ざったトラックでは Split がほぼ必須、とも書かれています。なお初期値は Split です。
同梱のマニュアルと公式サイトの PDF は同じものですか
別物です。同梱版は 2011-09-13 作成、公式サイトが配布している現行版は 2024-01-31 作成で、どちらも全11ページですが中身が違います。実質的な差は本文で挙げた5点で、仕様として意味があるのは Output メーターの範囲(−30 dBFS 〜 0 dBFS)が新しく明記されたことだけです。コントロールの増減はなく、プリセットの周波数5つも変わっていません。
まとめ
- サイドチェーンはフィルター+エネルギー検出器+ハードニーのコンプ。しきい値の超過量がそのまま減衰量になるので、Thresh は「どこから」と「どれくらい」を兼ねている。
- Thresh と Freq の数値範囲はガイドに無い。決め方はメーターとスライダーの位置関係、そしてサイドチェーンを聴くこと——と設計側が指定している。
- Freq は壁ではなく肩。ガイドの2例では 5506 Hz が約 3 kHz まで、3385 Hz が約 1700 Hz まで、減衰量を減らしながら届く。



13年の改訂で数値の記載が1か所しか増えなかった製品は、それだけ最初の設計が決まっていたということです。つまみが少ない機材ほど、仕様を正確に知っているかどうかで差が出ます。
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