Waves NLS(Non-Linear Summer)がモデリングしたのは、漠然とした「アナログ感」ではありません。Mark ‘Spike’ Stent所有のSSL 4000G、Mike Hedges所有のEMI TG12345 Mk 4、Yoad Nevo所有のNeve 5116 Custom——実在する3台のコンソールです。この記事では、NLSがなぜ「チャンネルごとの個体差」まで再現するのか、Driveが実際に何を増減させているのか、そして信号を一切通さないVCA Group Consoleの設計を、公式マニュアルに沿って解剖します。
想定読者は、すでにNLSを持っている人と、サミング系プラグインを導入するか迷っている中〜上級者です。操作手順の説明ではなく、「なぜそういう仕様なのか」を扱います。
仕様・数値はWaves公式のNLSユーザーガイド(日本語版)に基づきます。編集部は本製品を所有していないため使用感の描写はせず、裏の取れない項目は書きません。
カホサミング系は「うっすら良くなる」という曖昧な語られ方をしがちです。NLSは何をどう変えるのかがマニュアルに書いてあるので、そこから読み解きます。
この記事でわかること
- SPIKE/MIKE/NEVOの正体——3台の実機コンソールと所有エンジニアの名前
- インスタンスごとに音がわずかに違う理由(32個のチャンネル・モデルの自動割り当て)
- Driveが増減させているもの(内部ヘッドルームとハーモニック・ディストーション)
- VCA Group Consoleが信号処理をしない「リモコン」であること、その優先関係
NLSとは|何を解決する製品か
NLSは、現代のトップ・エンジニア/プロデューサー協力のもと開発された、アナログ・サミング・サウンドの再現プラグインです。マニュアルが挙げる問題設定はこうです——デジタル環境のリニアで透明なトラックは、その透明さゆえに、倍音による深みや暖かさを欠いた迫力のないサウンドになりがちである。アナログ卓に多チャンネルを流し込んで得ていた質感を、DAW内で取り戻すのがこの製品の役割です。
モデリング元として明記されているのは次の3台です。
- SSL 4000G——Mark ‘Spike’ Stent所有(Björk、Muse、Maroon 5、Madonna)
- EMI TG12345 Mk 4——Mike Hedges所有(The Cure、Siouxsie and the Banshees、Dido、Faithless、Manic Street Preachers、U2)
- Neve 5116 Custom——Yoad Nevo所有(Bryan Adams、Pet Shop Boys、Sugababes、Goldfrapp、Air)
プラグイン上のSTUDIO名「SPIKE/MIKE/NEVO」は、それぞれSpike Stent、Mike Hedges、Yoad Nevoという3人の名前に対応します。Wavesは3台について、100を超えるチャンネル、入力、サミング・バスアンプのサウンド特性、質感、振る舞いを個別に分析したとしています。構成はトラック用のNLS Channelとマスター/バス用のNLS Bussの2本立てで、それぞれMono/Stereoがあり計4コンポーネント。レイテンシーは全コンポーネント共通で4サンプルです。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
「ノンリニア」の正体はチャンネル間のばらつき
WavesはSpike StentのSSL 4000Gを解析し、個々のチャンネル・プリアンプとマスターバス・アンプの組み合わせが、あの望ましいサウンドを生む要因であることを突き止めました。さらに、主観的には「奥行き」や「イメージ」と呼ばれるノンリニアな振る舞いが、チャンネル・ストリップ間の微細な周波数特性・倍音歪み・ノイズの差異からもたらされることも判明した、とマニュアルは述べています。
つまり効果の源泉は「1台の卓の音」ではなく「卓の中の個体差」です。だからNLSは32個のチャンネル・モデルを内蔵し、NLS Channelを複数のトラックへ順にインサートすると、インスタンスごとに自動で異なるチャンネルのバリエーションが割り当てられます。注意点として、プラグインを複製・コピーした場合は同じモデルが保持されるため、各トラックへはDAWのプラグイン・メニューから個別に挿すことが推奨されています。
もうひとつ重要な注意書きがあります。回路の違いによる周波数の減衰・増幅は機材のキャラクターの一部であって、「イコライザーのようなものとして判断すべきではない」。NLSの周波数特性の変化を、EQの代わりとして使う発想は設計意図から外れるということです。



同じ設定のNLSでも、トラックごとに違うチャンネル・モデルが割り当たっています。ばらつきがバグではなく、この製品の主成分です。
Driveは内部ヘッドルームを削るつまみ
Driveの説明は明快です——入力シグナルを増幅することで内部ヘッドルームを減少させ、結果としてハーモニック・ディストーション量を調整する。低い値ではわずかな歪み、値を上げていくと歪みとゲインの減少がより顕著になります。範囲は0〜+12、初期値0です。
ここでいう歪み(THD:全高調波歪み)は、基音よりはるかに小さい音量で発生し、倍音のレベルは帯域が上がるほど低くなって自然な減衰を作る、とマニュアルは定義しています。バランスや減衰の仕方は回路の仕組みで決まるため、3台のコンソールでそれぞれ異なる。一方クリップは、基音とほぼ同じレベルに達する高レベルの歪みで、許容以上の過大な入力で発生するもの。Driveが担当するのは前者の領域です。
関連してMICスイッチは、マイク入力レベルを再現して内部ヘッドルームを変化させるOn/Offコントロールです(初期値Off)。ライン基準よりも内部の余裕を変えるスイッチとして用意されています。
ChannelとBussの2段構えはシグナルチェインの再現
アナログ・コンソールのカラーは各チャンネル・ストリップとバスアンプ・セクションの両方で生まれる——だからNLSはChannelとBussの両コンポーネントを収録しています。マニュアルが薦めるセッション構成は2つです。
- バーチャル・サミングボックス型:NLS Channelを各オーディオトラック最後のスロットに、NLS Bussをマスタートラック最初のスロットに。DAWのダイレクトアウトから卓へ送り、ステレオで戻すイメージ
- プリアンプ色付け型:NLS Channelをトラック最初のスロットに、NLS Bussはマスターの任意のスロットに。チャンネルのカラーを先にトラックへ適用する構成
VCA Group Console——信号を通さないリモコン
アナログ卓のVCA(Voltage Controlled Amplifier)グループは、離れた場所にある複数チャンネルの出力アンプを1本のフェーダーで動かす仕組みでした。NLSはこの発想を借りつつ、VCAをVirtual Control Aggregatorと読み替えています。マニュアルは「シグナルを何らかの形で処理することはありません。あくまでNLSインスタンスのリモート・コントロールとして機能する」と明言しています。
グループは8つ。設定はセッション内の全NLSインスタンスで共通で、どのインスタンスからでも開けます。優先関係が明確に決まっており、Group BypassとGroup Noiseは常に個別インスタンスの設定より優先。Group StudioはSPIKE/MIKE/NEVOを選ぶと全インスタンスのモデルを上書きし、INDIVにすると各インスタンス側の設定が優先されます。一方Group DriveとGroup Trimは上書きではなくオフセット加算で、Channel側のDriveが+8のときGroup Driveを+5にすると実効値は+13になります。
制約も書かれています。Console側の操作はアンドゥ/リドゥ非対応。オートメーションのマスターにできる(AUTOを有効化できる)インスタンスはセッションにつき1つだけで、Consoleのオートメーションはホストのリアルタイム・バウンスで書き出す仕様です。またGroup Driveのマイナス値はTHDレベルには影響しますが、メイクアップゲインは変更しません。
全パラメーター
NLS Channelのコントロールは次の通りです。
| コントロール | 役割 | 範囲 | 初期値 |
|---|---|---|---|
| STUDIO | コンソールの種類 | SPIKE/MIKE/NEVO | SPIKE |
| DRIVE | 内部ヘッドルームを減らしTHD量を調整 | 0〜+12 | 0 |
| OUTPUT | 出力ゲイン | −12〜+12 dB | 0 dB |
| VCA GROUP | グループへの割り当て | NONE、1〜8 | 1(Grp1) |
| LINK | 左右チャンネルのモデル選択 | Dual Mono(左右別モデル)/Stereo(同一モデル) | Dual Mono |
| MIC | マイク入力レベルの再現(内部ヘッドルーム変化) | On/Off | Off |
| BYPASS | ハーモニクス・ノイズ・周波数特性を無効化 | On/Off | Off |
| NOISE | コンソール固有のノイズ・モデル | On/Off | Off |
| VCA TAB | VCA Group Consoleの表示切替 | VCA Tab/Channel Tab | Channel Tab |
| METER | ピーク値表示 | −24〜+24 dBFS | — |
NLS BussはChannelとほぼ同じ構成で、出力ゲインの名前がTRIM(−12〜+12 dB・初期値0 dB)、Console表示ボタンがSHOW VCA(Show/Hide・初期値Show)になります。なお本稿が参照した版のBussコントロール一覧に、LINKとMICは出てきません。VCA Group Console側は次の通りです。
| コントロール | 役割 | 範囲 | 初期値 |
|---|---|---|---|
| AUTO | Consoleオートメーションの書き込み/読み出し(有効化はセッションに1つ) | On/Off | Off |
| GROUP BYPASS | グループ全体のバイパス(個別設定より優先) | On/Off | Off |
| GROUP NOISE | グループ全体のノイズ(個別設定より優先) | On/Off | Off |
| GROUP DRIVE | グループ内全インスタンスのDriveをオフセット加算 | −12〜+12 | 0 |
| GROUP TRIM | グループ内全インスタンスの出力をオフセット | −12〜+12 dB | 0 dB |
| GROUP STUDIO | グループ全体のコンソール切替(INDIVで個別優先) | INDIV/SPIKE/MIKE/NEVO | INDIV |
| GROUP NAME | グループ名(最大7文字) | テキスト | Grp1〜Grp8 |
用途別・設定の始点
| やりたいこと | 構成・操作 | 根拠 |
|---|---|---|
| ミックス全体に卓の質感 | Channelを各トラック最後+Bussをマスター最初のスロット | 推奨構成1(サミングボックス型) |
| トラックに先に色を付ける | Channelをトラック最初のスロット | 推奨構成2(プリアンプ型) |
| ステム別にまとめて操作 | ドラム=VCA 1/ギター=VCA 2/ボーカル=VCA 3…、Buss=VCA 8 | マニュアルの発展例。Grpタブをダブルクリックで改名 |
| 3台の卓を聴き比べる | Group StudioをSPIKE→MIKE→NEVOと切替 | グループ内全インスタンスへ一括反映 |
| 歪み量の一括増減 | Group Drive(各インスタンスへの加算) | 個別Driveとの合算になる点に注意 |
| 効果の確認 | Bypass(ハーモニクス・ノイズ・周波数特性を無効化) | Group Bypassは個別より優先 |
Driveの推奨値やコンソール別の使い分け(どの卓がどのジャンル向きか)は、マニュアルに記載がありません。この記事に載せていないのはそのためです。
似た製品との使い分け
まずNLS内部の使い分けから。ChannelとBussは同じ発想の別部品で、卓のチャンネル・ストリップ側とバスアンプ側を分担します。マニュアルの推奨構成は、2つともこの両方を使う前提で書かれています。ステレオ版のLINKは、Dual Monoで左右に別モデル、Stereoで同一モデルという選択で、初期値は左右別モデルのDual Monoです。
他製品との線引きは構成から明確です。本稿が参照した版のコントロール一覧にあるのは上の表がすべてで、EQバンドやコンプレッサーのセクションはそこに出てきません。音作りの主役ではなく、チャンネルとバスの「通り道」の質感を差し替える製品です。同じWavesでも、1台の卓のチャンネル・ストリップを操作系ごと再現するKramer HLS Channelのような製品とは、担当する層が異なります。
よくある質問
挿しても音がほとんど変わりません
Driveの初期値は0で、マニュアルによれば低い値では歪みはわずかです。効果の確認はBypassのオン/オフ比較が確実です。ノイズまで含めた再現を聴きたい場合はNOISEを有効にします(初期値はOff)。
同じ設定なのにトラックごとに音が違う気がします
仕様です。NLS Channelはインスタンスを起動するたびに、内蔵32モデルから異なるチャンネル・モデルを読み込みます。逆にプラグインごと複製すると同じモデルが保持されるので、ばらつきが欲しいならメニューから個別に挿します。
VCA Groupに割り当てると音が変わりますか
VCA Group Console自体は信号を処理しません。変わるとすれば、Group Drive/Trim/Studio/Bypass/Noiseの操作が各インスタンスの設定を動かした結果です。割り当てただけでは何も起きません。
レイテンシーはどのくらいですか
マニュアルに明記があり、全コンポーネント共通で4サンプルです。
まとめ
- NLSは3台の実機(SSL 4000G/EMI TG12345 Mk 4/Neve 5116 Custom)を、チャンネル間の個体差込みで再現する。32モデルの自動割り当てが核
- Driveは内部ヘッドルームを削ってTHD量を調整するつまみ。周波数特性の変化はあるが、EQとして扱う設計ではない
- VCA Group Consoleは信号を通さないリモコン。Bypass/Noise/Studioは上書き優先、Drive/Trimはオフセット加算



1本挿して評価する製品ではなく、全トラックに配って初めて設計どおりに働く製品です。だからこそリモコンであるVCA Group Consoleが同居しています。


