グラフィックEQは、帯域幅が固定されているのが普通です。Waves API 560はそうではありません。マニュアルは「プロポーショナルQ設計が、低いブースト/カット設定の時は帯域幅を広く、高い設定の時は狭く、自動で調整する」と明記しています。つまり同じ1本のスライダーが、少し動かせば緩いカーブ、大きく動かせばピンポイントの処理という、二役をこなします。この記事では、10本のスライダーしか無いこのEQが何を意図して作られているのかを、公式マニュアルの記載に沿って解剖します。
想定読者は、すでにAPI 560を持っている人と、グラフィックEQを1つ入れるか迷っている人です。スライダーの上げ下げの手順ではなく、「10点しか無い」「Qが自動で動く」という2つの制約が何を可能にしているかを扱います。API Collection 全体(550A/550B・560・2500 の3製品)の概要と基本操作は、入門側の記事 【VST解説】伝説の名機を再現!Waves「API Collection」の使い方と概要について で扱っています。まずコレクションの全体像から知りたい方はそちらを先にどうぞ。
仕様・数値の一次資料はWaves公式ユーザーガイド『Waves API 560 User Manual』(英語)ですが、この資料には2つの版があり、この記事では版を書き分けています。①Wavesが現在配布している版(全11ページ。PDFの最終更新は2022年6月)。以下ではこれを「現行ガイド」と呼びます。②製品に同梱されている版(全16ページ。最終更新は2011年9月)。以下ではこれを「2011年版」と呼びます。本文の範囲・初期値は現行ガイドを基準にしました。本稿が両版の内容ページ(第1〜3章と巻末Appendix A)を1行ずつ突き合わせたところ、変わっていたのは次の3点だけです——(1) 出力セクションのAnalogの初期値がOnからOffに書き換わった(本文と巻末表の2か所とも)、(2) 冒頭のWelcome文が現行の定型文に差し替わった、(3) 末尾にWaveSystemツールバーの節(3.3)が新設された。カットオフ周波数の10点・バンドごとの範囲・出力段の値・コンポーネント構成には差分が出ませんでした。16ページ→11ページの差は、2011年版の第4章「The WaveSystem」(p.11〜15の5ページ)が現行では3行の案内に置き換わったぶんです。2011年版にしかない記述は消さずに、「2011年版ガイドでは」と年を添えて残しました。あわせて同梱の日本語版『Waves API Collection Native ソフトウェアユーザーガイド』第3章(2011年版に対応する内容)も参照しています。編集部はこの製品を所有していないため使用感の描写はせず、ガイドで裏が取れない項目は書きません。
カホグラフィックEQを「31バンドの簡易版」だと思っていると、この製品の意味を取り違えます。バンドが少ないのではなく、Qを自分で決めさせない代わりに、動かした量でQが決まる。設計の重心がそこにあります。
この記事でわかること
- 10バンドの周波数が具体的に何Hzで、なぜ「1オクターブ単位」と言えるのか
- グラフィックEQでありながらQが固定されていない理由と、その実用上の意味
- マニュアルが名指ししている2つの用途(信号の補強とルームチューニング)
- EQを止めてもアナログモデリングが残る「In/Out」の構造
API 560とは|何を解決する製品か
マニュアルの製品概要は、API 560を「1967年に発売されたクラシックAPIをモデリングした、直感的な操作が可能な1オクターブ単位に分割された10バンドイコライザー」と定義しています。Waves公式製品ページの記述も「Based on the 1967 classic」で一致します。
続けてマニュアルは、「精密なフィルター処理と高いヘッドルームをフィーチャーし、オーディオ信号の補強やルームチューニングに最適」と用途を名指しします。ミックスの中で1トラックを整える道具としてだけでなく、再生環境そのものの癖を補正する道具としても想定されている、ということです。
コンポーネントは2つです。API 560 Stereo(ステレオ・グラフィックイコライザー)とAPI 560 Mono(モノ・グラフィックイコライザー)。550のように内部でモデルが分かれている構成ではなく、チャンネル数の違いだけです。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
1|10点は「粗い」のではなく「1オクターブごと」
カットオフ周波数は31Hz/63Hz/125Hz/250Hz/500Hz/1kHz/2kHz/4kHz/8kHz/16kHzの10点です。並べてみると、各点はおおむね前の点の2倍になっています。1オクターブは周波数が2倍になる幅なので、マニュアルの「1オクターブ単位に分割された」という記述と数値が対応します。
この刻み方は、31Hzから16kHzまでを等しい音楽的間隔で10分割したものです。どこか一部だけが密になっていることはありません。低域も高域も同じ密度で扱う、という決め方をしています。
2|プロポーショナルQ:1本のスライダーが二役をこなす
この製品の核心はここです。ガイドの製品概要は、「APIのユニークなプロポーショナルQ設計が、低ブースト設定の時は帯域幅を広く、高ブースト設定の時は狭く、自動でフィルター帯域幅を調整する」と書いています。同じことをクイックスタートガイドでも繰り返し、「他のイコライザーで通常行っている以上にハードな処理を遠慮なく行ってよい」「極端な設定でも、スムースでナチュラル、かつ音楽的なサウンドが得られる」と続けます(現行ガイドp.6。原文は “will deliver smooth, natural, and musical sound even at extreme settings”)。
ここは日本語版のガイドを引くと文がずれる箇所なので、原文を添えておきます。同梱の日本語版『Waves API Collection Native』のAPI 560の章(3.3 クイックスタートガイド)は、この最後の一文を「API 550 はもっともきついかけ方をしても——」と、560の章なのに主語がAPI 550のまま訳しています。英語版で確かめると、API 550は “even at the most extreme settings”、API 560は “even at extreme settings” で、「もっとも」が付くのは550のほうだけです。この差は2011年版と現行ガイドのどちらでも同じで、版の違いではありません。本記事は560の英語版の文面を採ります。
実用面での帰結は明快です。小さく動かせば、隣接する帯域も巻き込む緩いカーブになります。大きく動かせば、その周波数の周りだけを狙う鋭いカーブになります。「全体をなだらかに傾けたい」ときと「1点だけ抜きたい」ときで、別のEQに持ち替える必要がありません。動かす量そのものが、Qの指定を兼ねています。なお、どの値を境に広い/狭いが切り替わるかという具体的な数値は、マニュアルには示されていません。
マニュアルはさらに「ブースト/カットのキャラクターはまったく同一であるため、最後の動作を簡単に元に戻すこともできる」と付け加えています。+6dBして行き過ぎたと感じたら、その分戻せば元の特性に帰る、という対称性です。



迷いどころは「中途半端な量」です。広くも狭くもない中間のカーブになって、どっちつかずになる。緩く整えたいのか、1点を狙いたいのか。意図をどちらかに寄せると、この設計は素直に応えます。
3|EQを止めても、色は通る
EQセクションのIn/Outについて、マニュアルは「アナログモデリングを維持したままEQのOn/Offを切り替える」と説明しています。マニュアルp.7のインターフェイス図では、パネル最下部のINボタンに「EQ Bypass」という注記が付いています。
アナログモデリングそのものを入り切りするのは、出力セクションのAnalogスイッチ(On/Off)です。同じ図の注記は「アナログモデリングをOn/Offする」。EQカーブと色付けが別々のスイッチに割り当てられているので、フラットのまま通して質感だけを得る、という使い方が仕様として成立します。
ただし初期値は版によって逆です。現行ガイドはAnalogの初期値をOffと書いています(p.9の本文と、巻末Appendix Aの2か所とも)。2011年版ガイドでは同じ2か所がどちらもOnでした。つまり現行の初期状態では、アナログモデリングは通っていません。上に書いた「フラットのまま通して質感だけを得る」使い方をするには、まずAnalogを自分でOnにする必要があります。
なお現行ガイドp.7のパネル図では、ANALOGのトグルスイッチは上(ON)の位置に描かれています。ただしこの図はWaveSystemバーに「Preset A」が読み込まれ、500Hzのスライダーが0から外れた赤いつまみになっている状態で、初期状態のスクリーンショットではありません。本記事の初期値はすべて本文と巻末表の「Default」の記載を根拠にしています。
4|出力段の作り
Outputは-18dB〜+18dB(0.1dBステップ)で、バンドごとの±12dBより広く取られています。全バンドを上限まで持ち上げた分をそのまま戻せるわけではありませんが、出力段の可動幅がバンド単体の可動幅を上回る関係にはなっています。Trimはマニュアル本文で「出力信号の最大ピークレベルと、公称ゲイン(-0.1dBFS)からの距離を表示する」と説明されています。
メーターは出力レベルをdBFSで表示します。Clip LEDについて560のマニュアルは「2つのメーターの間にあり、出力信号が0dBFSを超えたときに点灯する」と、点灯条件を数値で規定しています。
全パラメーター
EQセクション(10バンド)
| バンド | 範囲 | 初期値 |
|---|---|---|
| 31Hz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 63Hz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 125Hz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 250Hz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 500Hz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 1kHz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 2kHz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 4kHz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 8kHz | -12dB〜+12dB | 0dB |
| 16kHz | -12dB〜+12dB | 0dB |
10バンドすべてが同じ範囲・同じ初期値です。加えてEQセクションにはIn/Outがあり、マニュアルは「アナログモデリングを維持したままEQをOn/Offする」と説明しています。
出力セクション
| コントロール | 範囲 | 初期値 |
|---|---|---|
| Pol(Polarity) | 0deg〜180deg(位相を180度シフト) | 0deg |
| Analog | On/Off(アナログモデリングのOn/Off) | Off(2011年版はOn) |
| Output | -18dB〜+18dB(0.1dBステップ) | 0dB |
| Trim | -inf〜0dB | -inf |
マニュアル巻末のコントロールリスト(Appendix A)に載っているのは、10バンドのゲイン・Output・Trim・Analog・Phaseです。In/Outの記載はEQセクションの本文側にあります。
用途別・設定の始点
マニュアルは楽器別の推奨dB値を提示していません。以下はマニュアルが明記している用途・仕様から機械的に導ける「どこから触るか」の表です。
| やりたいこと | 始点と、そう言える根拠 |
|---|---|
| ルームチューニング | マニュアルが名指しする用途。31Hz〜16kHzの10点を等間隔に持つので、部屋の癖を帯域ごとに拾える |
| 信号の補強(エンハンス) | 同じくマニュアルが名指しする用途。高いヘッドルームが特徴として挙げられている |
| 全体をなだらかに傾けたい | 複数のスライダーを小さく動かす。低い設定ではプロポーショナルQが帯域幅を広く取る |
| 1点だけ狙って処理したい | 該当スライダーを大きく動かす。高い設定では帯域幅が狭くなる |
| やり過ぎたので戻したい | 逆方向に同じ量だけ戻す。ブーストとカットの特性は同一と規定されている |
| EQは要らないが質感が欲しい | AnalogをOnにしてから、In/OutでEQを切る。In/Outは「アナログモデリングを維持したままEQをOn/Offする」と規定されている。現行ガイドのAnalogは初期値Offなので、先にOnにする手が要る(2011年版の初期値はOn) |
| クリップした | Outputで下げる(-18〜+18dB、0.1dBステップ)。Clip LEDは0dBFSを超えると点灯する |
似た製品との使い分け
API 550との違いは、周波数の決め方です。550は各バンドで候補点から1つを選ぶ方式で、550Aが3バンド×5点=15点、550Bが4バンド×7点=28点。対して560は10点すべてが常に画面に出ていて、同時に動かせます。「1点を選んで大きく動かす」なら550、「複数点でカーブを描く」なら560という分担です。両者はプロポーショナルQという同じ思想を共有しつつ、操作の入口が違います。
Q10のようなフルパラメトリックEQとの違いは、Qを誰が決めるかです。Q10は周波数もQも自分で指定します。560は周波数が10点に固定され、Qは動かした量から自動的に決まります。狙った周波数を任意のQで削る作業はQ10、決められた10点でカーブを作る作業は560、と切り分けるのが仕様に沿った使い方です。
API 2500は別カテゴリの製品です。2500はThrust/Compression Type/可変Kneeを備えたダイナミクスプロセッサーで、EQではありません。同じAPIコレクションに含まれますが、560と機能が重なることはありません。
よくある質問
Q. 10バンドは少なくない?
31Hzから16kHzまでを1オクターブ刻みで10分割した構成です。マニュアルはこれを「直感的な操作が可能な1オクターブ単位に分割された10バンド」と表現しており、点を減らした簡易版ではなく、等間隔で全域を覆うための点数として位置づけています。
Q. グラフィックEQなのにQが変わるの?
変わります。プロポーショナルQは、低いブースト/カット設定で帯域幅を広く、高い設定で狭く、自動調整する設計だとマニュアルに明記されています。Qを直接操作するコントロールは、マニュアルのコントロールリストには載っていません。
Q. スライダーはどの順に並んでいる?
マニュアルp.7のインターフェイス図では、上から16K/8K/4K/2K/1K/500/250/125/63/31の順に横向きのスライダーが並び、目盛りは-12/0/+12と振られています。一般的な左が低域・右が高域のレイアウトとは向きが異なります。
Q. Clip LEDはいつ点灯する?
マニュアルの記載は「出力信号が0dBFSを超えたとき」です。LEDは2つのメーターの間にあります。



結局のところ、このEQは「どれくらい動かすか」だけを聞いてきます。周波数は決まっている、Qは聞かれない。判断すべき変数を1つに絞った道具だと分かると、置き場所も決まります。
まとめ
- 10バンドは31/63/125/250/500/1k/2k/4k/8k/16kHzで、各点はおおむね前の点の2倍。マニュアルの「1オクターブ単位」という記述と対応する。
- プロポーショナルQにより、小さく動かせば広いカーブ、大きく動かせば狭いカーブになる。Qを直接指定する項目はコントロールリストに無く、動かした量がQの指定を兼ねる。
- In/OutはEQだけを切り、アナログモデリングは残る。ただし現行ガイドのAnalogは初期値Off(2011年版はOn)なので、色付けだけを通したいときはAnalogを自分でOnにする。ガイドは用途として「信号の補強」と「ルームチューニング」を名指ししている。
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公式製品ページ:Waves API 560






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