Waves Doublerの設計思想|デチューンで音を厚くする仕組み

この記事では、Waves 🎛️Doubler が「なぜ📖コーラスや📖フランジャーとは違う厚み方をするのか」を、公式ユーザーガイドの記載から読み解きます。全パラメーターの範囲と初期値、Range と Align Direct という2つのスイッチが📖レイテンシーに何をしているか、最初にどの数値から触ればいいかまでを扱います。

Doubler は、入力信号をもう2声または4声に複製し、各声の 📖Gain・Pan・📖Delay・🎛️Tune(ピッチ)を個別に変えられるプロセッサーです。1980年代、本来は📖ハーモニーを作るために設計されたデジタル・ハードウェアが、実際には📖ピッチシフトによる📖ダブリングに使われて広まりました。その一群の音を再現するのがこの製品です。

厚みを出すプラグインは無数にありますが、Doubler の効き方には一点だけ、はっきりした理屈があります。📖デチューンしても音の長さを変えない、という設計です。ここを押さえるかどうかで、設定の意味がまったく変わります。

パラメーターの範囲・初期値・仕様の記述は、すべてWaves公式の文書の記載で、編集部の実測値ではありません。資料は2つあり、この記事では版を書き分けています。①Waves が現在配布している「Doubler User Guide」(全11ページ。PDF の作成日は2024年10月)。以下ではこれを「現行ガイド」と呼びます。②製品に同梱されている「Waves Doubler ― Software Audio Processor User’s Guide」(全6ページ。作成日は2011年9月)。以下ではこれを「2011年版」と呼びます。範囲と初期値は①の現行ガイドを基準にし、②にしかない記述は「2011年版では」と年を添えて残しています。この2つの版のあいだでは、値・範囲・コントロールの増減だけで13項目の記載が変わっているので(一覧は「全パラメーター」の表のあとに置きました)、どちらの版の数字なのかが分かる形にしてあります。それとは別に、ガイドが書いていない運用上の助言(どこから触るか、どう考えるか)を添えた箇所がいくつかあり、そこは「ガイドには書かれていない」と本文中に明示しました。数値の根拠と📖ミックスの考え方は、読者が区別できる形で分けてあります。また「似た製品との使い分け」で挙げる他製品の性格は、Doublerのユーザーガイドには書かれていない事柄で、各製品の公式情報によるものです。編集部はこの製品を所有していないため、使用感・音の印象の描写はしません。

カホ

Range を「太さのつまみ」だと思って回すと外します。ガイドの定義では、これはアーティファクトなしでデチューンできる下限周波数=ボイスの固有レイテンシーを決めるスイッチです。

目次

この記事でわかること

  • Doubler が入力を2声/4声に複製し、Gain・Pan・Delay・Detune を振り分ける構造
  • 📖フェイザーやフランジャーと決定的に違う「長さを保ったままデチューンする」という設計
  • Range(80Hz/20Hz)と Align Direct が、ボイスの固有レイテンシーとどう噛み合うか
  • 現行の公式ユーザーガイド(2024年10月版)記載の全パラメーター範囲・初期値と、そこから逆算した設定の始点
  • 同梱の2011年版ガイドから書き換わった13項目(初期値・範囲・新設コントロール)の対照表

Doublerとは|何を解決する製品か

複製された各声(Voice)は、それぞれ独立して Gain・Pan・Delay・Tune を変更できます。この4つを声ごとに散らすことで、1980年代のデジタル機材が作っていた古典的な📖音色の幅を再現する。狙いは公式ガイドの言葉では「音を豊かにすること」で、代表的な用途としてボーカルとギターのダブリングが挙げられています。解決するのは「重ね録りをしていない📖トラックに、重ね録りの結果だけが欲しい」という場面です。

コンポーネントは Two-Voice と Four-Voice の2系統で、それぞれに Mono to Mono / Mono to Stereo / Stereo to Stereo があります。現行ガイドは初期値を書くときに、この2つを「Doubler 2」「Doubler 4」と呼びます(Doubler 2 は Voice 1・2 の2声、Doubler 4 は Voice 1〜4 の4声。p.6)。以下の表でもこの呼び方をそのまま使います。モノラルトラックに📖インサートする場合、完全な効果に届くのは Mono to Stereo のほう。Mono to Mono で作り込んだ設定は、ホットスイッチすると引き継がれます。インサート以外に、Aux 📖バスに立てて複数トラックから送る使い方もガイドが推奨しています。効率の面で有利だからです(2011年版はここを「DSP 効率が良い」と書いていました)。

カホ

ここからが本題です。Doubler の厚みは、📖モジュレーションで作られているわけではありません。

設計思想:なぜこの効き方をするのか

「長さを変えずにデチューンする」がすべて

公式ガイドは、Doubler とほかのピッチモジュレーション系・ディレイ系📖エフェクトとの本質的な違いを、たった一点に絞って説明しています。オーディオの長さ(duration)を保ったままデチューンできる、という点です。

フランジャーや📖コーラスでは、モジュレーションが処理音のディレイと長さの両方を変えます。その結果が、あの移動する📖コムフィルター効果です(公式ガイドの原文は「Phasers, Flangers and such」とフェイザーも同列に挙げていますが、フェイザーはディレイラインではなくオールパスフィルターで📖位相を回す方式で、生じるノッチは等間隔になりません。ディレイ変調=コムフィルターという説明が当てはまるのはフランジャー/コーラスのほうです)。対して Doubler では、まず初期デチューンによって音が非相関化(decorrelate)され、そのうえでチューニングをさらにモジュレートしていく。だから結果は、原音にモジュレートした複製を混ぜた音ではなく、別📖テイクを重ねた音に近づきます。厚みの正体はモジュレーションではなく非相関化である、というのがこの製品の設計です。Modulation Depth の項も同じ順序で書かれていて、「モジュレーションは常にそのボイスの公称デチューン値のまわりで起こる」——たとえばデチューン10・📖Mod Depth 10なら、まず10セント上がり、次に20セント下がって公称値の10セント下に届く、と説明されます。モジュレーションはデチューンを起点に振れる量であって、それ自体が非相関化を作るわけではない、という位置づけです。

Range は音色ではなくレイテンシーのスイッチ

Range は 80Hz と 20Hz の2択で、現行ガイドの初期値は 80Hz です(p.9)。2011年版では初期値が 20Hz で、ここは版で入れ替わっている項目のひとつです。決めているのは「アーティファクトなしでデチューンできる最も低い📖周波数」であり、同時に「ボイスの最小の固有レイテンシー」でもあります。低い周波数をデチューンするには長い固有レイテンシーが要る。だから Range を下げるとレイテンシーが増え、ガイドの値は 80Hz で 7ms、20Hz で 24ms です(この2つの数値は両方の版で一致しています)。

使い分けも明記されています。低レイテンシーが問題にならないなら広いほう(20Hz まで)が安全。低レイテンシーが問題で、入力が 80Hz より上の帯域で構成されているなら――ギターやリードボーカルがこれにあたります――80Hz にすれば固有レイテンシーも小さくなる。ベース楽器のダブリングには 20Hz を使うべきで、ミックス済み音源のような複雑なフルレンジ信号にも 20Hz のほうがより純粋に動作します。音の太さのつまみだと思って回すと、本来はレイテンシーの都合で選ぶべき場面を外します。

Align Direct は相対ディレイ0msを可能にするスイッチ

Delay の設定可能な最小値は、Align Direct と Range に依存します。On にすると、プラグインはダイレクト信号のほうを遅らせてボイスの固有レイテンシーに揃え、相対ディレイを 0ms まで詰められる。Off ではダイレクトにディレイを足さないので原音はトラック本来のタイミングのままですが、ボイスとの最小の相対ディレイはボイスの固有ディレイに縛られます。「原音のタイミングを動かさない」ことと「相対ディレイを詰められる」ことのトレードオフを決めるスイッチです。なお現行ガイドの説明文は On / Off と書きますが、コントロールの表記は Yes / No で、初期値は No(=Off)です(2011年版は表記も On / Off・初期値 Off でした)。実機で探すときは YES / 📖NO のボタンを見てください。

ダイレクト信号がリアルタイムのとき、設定できる最小ディレイは Range 80Hz で 8ms、20Hz で 14ms とガイドは記載しています。なお、先ほどの固有レイテンシー(7ms/24ms)とこの数値はガイド内の別々の項にあり、20Hz 側は互いに一致していません。実機で確認できる項目なので、手元のバージョンで見える値を優先してください。

EQ はボイスにだけ効き、原音には効かない

📖EQ セクションは Hi Shelf と Low Shelf の2バンド。重要なのは、これらがボイスには影響するがダイレクト信号には影響しない点です。つまり原音の帯域📖バランスを一切変えないまま、複製した声だけを削ったり持ち上げたりできる。ダブリングを足したせいで低域が濁るという症状に対して、原音の低域を犠牲にせず対処できます。トラックの後段に EQ を足すのとは意味が違う。Gain はコーナー周波数から先を最大 +12dB まで持ち上げられ、カット側は −24dB まで下がり、そこで📖フィルターの床が落ちてカットフィルターとして振る舞います。この説明文は両方の版で同じですが、現行ガイドはその直下に範囲行として「+12dB to −88dB」を置いています(p.10)。−24dB は挙動が切り替わる点で、下げ切れる下限は −88dB、という読み方になります。2011年版は範囲行そのものが「+12dB 〜 −24dB」でした。

Feedback は25%から先が危険域

📖Feedback は入力へ戻すゲインの割合です(0〜100%、初期値0%)。公式ガイドは 25% を超える設定に明確な警告を出しており、暴走フィードバックと、繊細な機材を痛めうる大音量ノイズにつながるとしています。フィードバック経路には専用の📖ハイパスフィルター(Hi Pass Feedback、現行ガイドでは 16Hz〜21357Hz、初期値16Hz)があり、戻る成分の低域側を切れます。2011年版では上限が 12000Hz でした。なお、この2つを触る順序はガイドに書かれていません。ここから先は一般的なミックスの考え方ですが、戻す量そのものを上げる前に帯域を絞っておくと、暴走したときに出る音の被害を小さくできます。

カホ

Feedback には、ガイドが数値をつけた警告が付いています。25%超は暴走フィードバックと、繊細な機材を痛めうる大音量ノイズにつながる——そこまで書かれているつまみです。

全パラメーター

現行ガイド(2024年10月版)が各コントロールに明記している範囲と初期値です。2011年版と食い違う項目は、表のあとにまとめて並べました。

区分パラメーター範囲初期値何を決めるか
各ボイスON/OFFOn / OffOnそのボイスを鳴らすか
各ボイスGain0 〜 −48dBFSDoubler 2:V1・V2とも −6dB/Doubler 4:V1・V3 −6dB、V2・V4 −12dB他のボイスに対する音量
各ボイスPan−45 〜 +45度V1 −45/V2 45/V3 45/V4 −45定位。符号と左右の対応は表のあとの注を参照
各ボイスDelay0 〜 100msDoubler 2:V1 9.4ms/V2 23.7ms Doubler 4:V1 9.4ms/V2 16ms/V3 23.7ms/V4 21msダイレクト信号に対する遅延。最小値は Align Direct と Range に依存
各ボイスFeedback0 〜 100%0%入力へ戻すゲインの割合。25%超は公式が警告
各ボイスOctaverOn / OffOff他の設定はそのままに、そのボイスを1📖オクターブ下げる
各ボイスDetune−100 〜 +100セントガイドに記載なし原音に対するピッチのズレ。100セント=半音
各ボイスModulation Depth−200 〜 +200セント0ピッチモジュレーションの深さ。正の値は上方向から、負の値は下方向から動き出す
各ボイスModulation Rate0.1 〜 400Hz1Hzモジュレーションの速さ。1Hzで1秒に1周
各ボイスRoutingガイドに記載なしガイドに記載なし📖ステレオ入力信号をどのボイスへ送るかの選択。ステレオコンポーネントでのみ表示される。現行ガイドで追加された項目。現行 p.5 のGUI図では画面左下に「In 1-3」「In 2-4」の2つのセレクターとして写っている(図中の表示は L+R/R+L)
ダイレクトON/OFFOn / OffOn原音を通すか
ダイレクトGain0 〜 −48dBFS📖0dB原音の音量
ダイレクトPan−45 〜 +45度0原音の定位
EQON/OFFOn / OffOnフィルターの有効・無効。グラフの📖マーカーをダブルクリックでも切替
EQGain+12dB 〜 −88dB—📖シェルフの増減。+12dBまでブースト、−24dBを超えて下げるとフィルターの床が落ちてカットフィルターになる
EQFrequency(Low Shelf)16 〜 21,357Hz101Hzローシェルフの📖カットオフ
EQFrequency(Hi Shelf)16 〜 21,357Hz1306Hzハイシェルフのカットオフ。現行ガイドでは Low と Hi で範囲が同一
マスターAlign DirectYes / NoNoダイレクトをボイスの固有レイテンシーに揃えるか。現行ガイドの表記は Yes / No
マスターHi Pass Feedback16 〜 21357Hz16Hzフィードバック経路のハイパス・カットオフ
マスターRange20Hz / 80Hz80Hzアーティファクトなしでデチューンできる下限周波数=固有レイテンシー
マスターModulation Resetボタン—各ボイスのモジュレーターを同時にスタートさせる。📖オートメーション可能
マスターMaster Output Gain0.0 〜 −24dB0.0dBダイレクトを含む総出力。📖クリップ回避に使う

2011年版ガイドとの差分(13項目)

上の表の値は現行ガイド(2024年10月版・全11ページ)のものです。製品に同梱されている2011年版(全6ページ)とは、値・範囲・コントロールの増減では次の13項目で記載が変わっています。古い版を見ながら操作すると数字が合わないので、両方を並べます。なお13という数は「値・範囲・コントロールの増減」に限った数で、版の違いの総数ではありません。ほかに、値ではなく説明そのものが消えた箇所が2つあり(表の直後に書きました)、Aux バスの利点も「very DSP efficient」から「very efficient」へ DSP の語が落ちています。

項目2011年9月版(全6ページ)現行ガイド(2024年10月版・全11ページ)
ボイス Gain の初期値一律 −12Doubler 2:V1・V2とも −6dB/Doubler 4:V1・V3 −6dB、V2・V4 −12dB
ボイス Pan の初期値V1 22.5/V2 −22.5/V3 45/V4 −45V1 −45/V2 45/V3 45/V4 −45
ボイス Delay の初期値一律 8msDoubler 2:V1 9.4ms/V2 23.7ms Doubler 4:V1 9.4/V2 16/V3 23.7/V4 21ms
Modulation Rate の上限200Hz400Hz
Routing記載なし追加(ステレオコンポーネントでのみ表示)
ダイレクトの Gain・Pan の初期値ボイス側の記述を流用(Gain −12/Pan V1 22.5…)Gain 0dB/Pan 0
EQ Gain の範囲+12dB 〜 −24dB+12dB 〜 −88dB
EQ Frequency(Low Shelf)16 〜 1600Hz・初期値 156Hz16 〜 21,357Hz・初期値 101Hz
EQ Frequency(Hi Shelf)1000 〜 21000Hz・初期値 5990Hz16 〜 21,357Hz・初期値 1306Hz
Hi Pass Feedback の上限12000Hz21357Hz
Align Direct の表記On / Off(初期値 Off)Yes / No(初期値 No)
Range の初期値20Hz80Hz
Master Output Gain の範囲0.0 〜 −∞0.0 〜 −24dB

値ではなく、説明そのものが消えた箇所も2つあります。ひとつは Pan の符号の意味で、2011年版のガイドは「+45度が右端、−45度が左端、0が中央」と書いていました。現行ガイドの PAN の項は Range と Default の2行だけで、この一文はありません。もうひとつはダイレクトの Pan の性格で、2011年版は「ステレオ素材ではダイレクトの Pan は📖ステレオイメージ全体の Rotation コントロールとして振る舞う」と説明していました。これも現行ガイドからは削除されています。どちらも現行の製品で無くなったとは書かれていないので、版を添えて残しておきます。

Pan の符号の意味は、現行ガイドが文章では書いていません。2011年版は「+45度が右端、−45度が左端、0が中央」と明記したうえで、Voice 1 の初期値を +22.5(=右寄り)に置いていました。現行ガイドは初期値を V1 −45/V2 +45 に変えた一方で、符号と左右の対応を書いた一文のほうを落としています。ただし GUI 図から推し量ることはできます。現行 p.5 の図では、ダイレクトの PAN ノブが12時を向き、パン表示の白い点はちょうど真上――つまり中央にあります。Voice 1・2 のノブは12時から反時計回りに振られていて点は左半分に、Voice 3・4 は時計回りで点は右半分に出ています。弧が長いほう(Voice 1 と Voice 3)は、表示でも点がそれぞれ左端側・右端側へより寄っています。ノブの回し向きと表示の左右が対応することは、この図で確かめられます。ただし図はパンの数値を出しませんし、初期状態でもありません(符号がどちらであれ −45 と +45 は逆側の端なので、初期状態なら Voice 1 と 2 は左右に分かれるはずですが、図ではその2つが同じ左半分に並んでいます)。そのため現行ガイドは、「−45 が左なのか右なのか」を断定できる書き方にはなっていません。

もうひとつ、導入部の作例「Voice 1 を4セント下げて右へパン、Voice 2 を4セント上げて左へパン」(現行 p.3)はそこへ動かせという手順であって、立ち上げた直後の状態の説明ではありません。だから2011年版の対応(+=右)をそのまま当てはめて現行の初期値 V1 −45 が左を向いていたとしても、それ自体は作例と食い違いません。作例は「右へ振れ」と指示しているだけで、初めから右にあるとは言っていないからです。現行ガイドが自己矛盾している、という話ではありません。本稿では、符号の意味が版で変わったのか、初期値の左右が入れ替わっただけなのか、それとも初期値と作例はそもそも別のことを言っているだけなのか――どれとも確定させません。ここから先はガイドに答えが無い部分なので実務の話になりますが、最初に一度、耳かメーターで左右を確かめてから触るのが確実です。

現行ガイドの側にも、直っていない箇所があります。新しいほうを無条件に信じないための材料として挙げておきます。①ダイレクト信号の章は、初期値こそダイレクト固有の値に直りました(Gain は −12 から 0dB へ、Pan はボイス側の「V1 22.5…」の流用から 0 へ)。ところが説明文のほうは「Turns the voice on or off」「Sets the gain of the voice in relation to the other voices」とボイス側の文言のままです。なお範囲(Gain 0 〜 −48dBFS/Pan −45 〜 +45度)は両版ともボイス側と同じ値なので、ここで版をまたいで変わったのは初期値だけです。②Routing には Range も Default も書かれていません(GUI図には In 1-3/In 2-4 のセレクターが写っていますが、図は初期状態ではないので初期値の根拠にはなりません)。③EQ Gain は、地の文の −24dB と範囲行の −88dB が説明なしに並んでいて、どちらが下限なのかを1行では読み取れません(2011年版は範囲行も −24dB で揃っていました。本稿は「−24dB=挙動が切り替わる点/−88dB=下限」と読んでいます)。④「Align Direct」の項で触れた20Hz側のレイテンシーの食い違い(固有レイテンシー24ms 対 リアルタイム時の最小ディレイ14ms)も、2011年版から現行ガイドまで直っていません。

用途別・設定の始点

まず Range の選択から。公式ガイドが用途を名指ししている数少ない項目です。

素材・状況Rangeガイドが示している理由
リードボーカル、ギターなど80Hzより上で構成される信号で、レイテンシーを抑えたい80Hz固有レイテンシーが小さくなる(7ms)
ベース楽器のダブリング20Hz低域をデチューンする必要があるため
ミックス済み音源のような複雑なフルレンジ信号20Hzより純粋に動作する
レイテンシーが問題にならない場面全般20Hz広いほうで作業するほうが安全(※現行ガイドの初期値は 80Hz なので、20Hz は自分で選ぶ側)

音づくりの出発点も、ガイドが具体的な数値で例示しています。開きたいトラックに対して、Voice 1 を4セント下げて右へパン、Voice 2 を4セント上げて左へパン。ボイスの Gain を −12dB あたりに置くだけでも大きく変わり、−6dB まで上げると大きく開く、という順序です。そこから各ボイスの Delay を変え、デチューンをさらにオフセットしたりモジュレートしたりすると音色が動きます。デチューン量は2〜12セント程度なら比較的チューニングが合って聞こえ、それより大きい値は📖音程が外れて聞こえ始めます。この作例は両方の版に同じ文言で載っていますが、現行ガイドではこの2つの値がそのまま初期値になっています——Doubler 2 は V1・V2 とも −6dB、Doubler 4 は V1・V3 が −6dB で V2・V4 が −12dB。2011年版の初期値は一律 −12dB でした。現行版の Doubler 2 は、ガイドが「大きく開く」と呼ぶ −6dB から始まる状態で立ち上がります。

カホ

−12dB と −6dB は公式が名指ししている2点です。迷ったら、まずこの2つだけを A/B してみてください。判断が早くなります。

似た製品との使い分け

モジュレーション系エフェクトとの違い

フランジャーやコーラスは、モジュレーションがディレイと音の長さを変えることで移動するコムフィルター効果を生みます。あの掃くような質感が欲しいならそちら(フェイザーも同じ「掃く」系ですが、方式はオールパスフィルターによる位相回しで、コムフィルターとは別物です)。Doubler は長さを保つぶんコムフィルター的な色付けが前に出ないので、別テイクを重ねた感触が欲しい場面が担当範囲になります。

ステレオイメージャー系との違い

役割の起点が違います。S1 Stereo Imager のようなイメージャーや Center のような中央と周辺のバランスを扱う製品は、すでに素材が持っているステレオ情報に対して働きます。素材が📖モノラルなら、そこから取り出せる情報はありません。Doubler は逆に、原音から非相関な声を新しく作り出す。だからモノラル1本からでも広がりが生まれます。すでにステレオである素材の幅を扱いたいならイメージャー側、モノラル素材に幅そのものを持たせたいなら Doubler、という分担で、両者は競合しません。

よくある質問

モノラルのトラックにはどのコンポーネントを使う?

Mono to Stereo です。公式ガイドは、モノラルトラックにインサートする際、完全な効果に到達するのは Mono to Stereo を挿した場合だとしています。Mono to Mono でも動作はしますし、そこで作った設定はホットスイッチで引き継がれます。

Delay を0msにできないのはなぜ?

Align Direct が No(=Off)だからです。この状態ではボイスとの最小相対ディレイがボイスの固有ディレイに縛られます。Yes にすればダイレクト側が遅れてボイスの固有レイテンシーに揃うため、相対ディレイ0msに到達できます。現行ガイドの初期値は No なので、何もしなければこちらの状態です。

Feedback はどこまで上げていい?

公式ガイドが警告しているのは 25% を超える設定です。設定上限は 100% ですが、25% を境に扱いが変わると考えてください。戻る成分の低域が問題なら、Hi Pass Feedback のカットオフを上げて帯域を絞る手があります。ただしガイドはこのフィルターの機能を書くだけで、Feedback との操作順序には触れていません。

EQ を動かしても原音の音色が変わらない

仕様どおりです。Hi Shelf / Low Shelf は Doubler のボイスにのみ作用し、ダイレクト信号には作用しません。原音の帯域を触りたい場合は、Doubler の外に EQ を置く必要があります。

まとめ

  • 厚みの正体は初期デチューンによる非相関化。音の長さを変えないぶん、コムフィルター的な色付けが出ない。
  • Range は音色ではなくレイテンシーのスイッチ。固有レイテンシーは 80Hz で 7ms、20Hz で 24ms。Align Direct はそれを原音側で吸収して相対ディレイ0msを可能にする。
  • 出発点は公式ガイドの例が早い。2声を±4セントで左右に振り、ボイス Gain を −12dB、足りなければ −6dB(現行版の Doubler 2 は初期値がすでに −6dB)。デチューンは2〜12セントに収める。
  • 記載は2011年版と現行ガイドで13項目食い違う(初期値・範囲・新設コントロール)。手元の数字が合わないときは、まず参照している資料の版を疑う。
カホ

ガイドがこの製品を他と分ける一点として挙げているのは、「長さを保ったままデチューンできる」——それだけです。厚みの理屈は、その一行に全部入っています。

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