この記事では、Waves EMI TG12345 が「チャンネルストリップとして何を積んでいるのか」を、Waves の公式ユーザーガイドと公式製品ページの記載だけで分解します。低いレベルでは音を上げる帰還型コンプレッサーの仕組み、Hold というつまみがしきい値でありながら出力と連動しない理由、そしてトレブルとプレゼンスが同時に載っているという、ガイドの記述をたどると実機のマイクカセットには見当たらない構成まで扱います。
先に版の話をしておきます。本稿が参照したのは全13ページの英語版ユーザーガイド(PDFメタデータの作成日 2014-10-01/更新日 2021-05-16)です。同梱版より新しい公式版が無いかを確認するため、waves.com の製品ページに埋め込まれた manualPDF フィールドを取得したところ、返ってきたURLは assets.wavescdn.com/pdf/plugins/tg12345.pdf でした。この配信版をダウンロードして同梱版と sha256 を突き合わせたところ完全一致(17fa3647…)。取得方法そのものが働いていることは、別版があると分かっている V-Comp を同じ手順に通し、v-comp-v16-update.pdf が返ることで確認しています。つまり本稿が読んだガイドが、現時点で Waves が配っている版そのものです。
以下の範囲・初期値は、断りのないかぎり EMI TG12345 の公式ユーザーガイドの記載です。編集部の実測値ではありません。コンポーネントは TG12345 Mono と TG12345 Stereo の2種類。日本語版マニュアルは確認できなかったため、用語は英語版に沿って書きます。
カホコンソールのチャンネルを1本まるごと持ってきた、という触れ込みの製品です。ただ、中身を読むと、つまみの並びは実機の1枚のカセットをそのまま写したものではありません。そこが面白いところです。
この記事でわかること
- トレブル・プレゼンス・スプレッドが同居する構成が、ガイドの語る実機のマイクカセットには見当たらない理由
- 1.5 V を境に増幅と減衰が入れ替わる VCA と、その電圧が「何の電圧か」
- Hold がしきい値として働きながら、出力フェーダーと連動しないこと
- 同じ Abbey Road シリーズの TG Mastering Chain と、モデリング元の卓から違うこと
EMI TG12345とは|何を解決する製品か
実機の背景から入ります。1968年、8トラック録音の登場とビートルズをはじめとするアーティストの音響的な実験によって、Abbey Road Studios の REDD .37/REDD .51 卓は能力の限界まで引き伸ばされていました。EMI は前年の1967年からソリッドステート卓の構想を進めており、Abbey Road のスタッフと EMI 中央研究所のエンジニアが会合を重ねた結果として生まれたのが TG12345 です。
ガイドが挙げる仕様が具体的です。マイク入力24、出力8、エコーセンド4、CUE/フォールドバック2。そしてガイドによれば、史上初めて、EQ に加えて全チャンネルにコンプレッサー/リミッターが載った卓でした。そのコンプレッサーは60年代に Abbey Road で使われていた真空管の Fairchild と Altec を下敷きにしていますが、結果としてまったく独自の音になった、とガイドは書いています。卓はモジュラー設計で、12枚のマイク「カセット」(=チャンネルストリップ)が故障時に差し替えられるようになっており、1枚のカセットには2つの入力チャンネルが入っていて、独立にもステレオペアにも使えました。全体では479個のノブとコントロール、37個のメーター。幅は79.5インチもあり、卓の中央に座ったエンジニアが全部のコントロールに手が届かないほどだったそうです。
1968年の夏から秋にかけてスタジオの「実験室」でテストが行われ、同じ部屋に2組のマイクを立てて片方を REDD .51、もう片方を TG に送る「クローン」セッションで比較されました。結果は REDD より clean・bright・punchy で、前例のない高域の艶と輝きがあったとされています。1968年11月23日の週末に TG12345 MK I が Studio Two のコントロールルームに設置され、3M の8トラック機に接続。最初に使われたのは The Shadows のセッションでした。そして1969年半ば、ガイドが「ビートルズのまさに最後のアルバム」と呼ぶ『Abbey Road』が、この卓で作られています。
プラグインが解決するのは「あの卓のチャンネル1本を、いまのDAWの流儀で使えるようにすること」です。3バンドEQとダイナミクスに加えて、実機に無かったサイドチェーンのハイパス・Mix・Drive・Noise の4つがガイドに明記された追加機能として載っています(ガイド p.5 が (1)〜(4) と番号を振って列挙しています)。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
この構成は、ガイドの語る実機のマイクカセットには出てこない
まず、いちばん設計の意図が出ているところから。ガイド p.7 は実機のカセットを3種類に分けて番号付きで説明しています。
- Microphone Cassette — マイクプリ、EQ(トレブル+ベース)、ダイナミクス、センド+リターン、スプレッド、パンポット、フェーダー。MK II ではトレブルEQがプレゼンスEQに置き換わり、スプレッダーは外された
- Group Cassette — 2枚あり、それぞれに2つのサブグループ。もう1組のダイナミクスと、プレゼンス・コントロールを持っていた
- Main Cassette — 5枚。4枚がテープマシンへ(各ステレオで計8トラック)、1枚がAUXステレオ出力。各メインカセットにもプレゼンスEQ段があった
そしてガイド p.4 は、プラグインのプレゼンスについてこう書いています。「オリジナルの TG12345 MK I デスクでは、プレゼンス・フィルターはグループカセットの一部だった。より良いユーザー体験のために、我々はそれを TG12345 チャンネルストリップに追加した」。
この2つを並べると、構成が見えてきます。MK I のマイクカセットにはトレブルとスプレッドがあってプレゼンスは無い。MK II ではトレブルがプレゼンスに置き換わり、スプレッダーが外れる。MK III と MK IV については「新しいユーティリティ機能が加わったが、サウンド処理(ダイナミクスとフィルター)は変わっていない」と書かれています。本稿が参照した版の記述をたどるかぎり、トレブル・プレゼンス・スプレッドが同時に載ったマイクカセットは出てきません。プラグインはその3つを一度に持っている。つまり、モデリングの元になった卓そのものは MK I だが、フロントパネルの並びは1枚のマイクカセットの写しではなく、卓の別セクションにあった段を足したものになっている、ということです。公式もそう読める書き方をしています。製品説明は「the entire TG12345 line, from the one and only MK I desk on which it was modeled, to the final MK IV models」=モデリング元は唯一無二の MK I デスクで、ルーティングの選択によって MK IV までのシリーズ全体をカバーする、と書いており(日本語ページは「ONE、実際にモデリングされたMK Iデスク、最終モデルのMK IV、これらのTG12345シリーズのすべてのモデルを再現できるよう」)、英語ページの特徴欄も「Modeled on the actual desk used on the Beatles’ Abbey Road album」と、特定の1台を測ったことを明言しています。
この点は資料によって説明の重心が違います。waves.com の英語ページは「以前の Abbey Road のコンソールと比べて、TG12345 は 0.5〜10 kHz の独立したプレゼンス段を加えた」と卓側の話として書いているのに対し、wavesjapan.jp の日本語ページは「コンソールのグループ/メイン・セクションのプレゼンスEQ」と、プレゼンスがどのセクション由来かまで書いています。ユーザーガイドの記述と噛み合うのは日本語ページのほうです。片方が劣化版というわけではなく、どちらも公式なので、細部は両方見たほうが早いという例です。



モデリング元は MK I だと公式が言い切っています。でも、目の前のパネルを「MK I のマイクカセットの写し」と思って読むと迷います。マニュアル自身が、プレゼンスは「より良いユーザー体験のために追加した」と書いているので。
帰還型で、1.5 V を境に増幅と減衰が入れ替わる
ダイナミクス部の構造はガイド p.6 が図付きで説明しています。コンプレッサーに入った信号は VCA へ送られ、VCA の出力が分岐する。片方が出力へ、もう片方がサイドチェーン回路を経て VCA へ戻る。出力側から戻す、いわゆるフィードバック型です。
そのうえで p.5 の VCA の説明が効いてきます。多くの VCA コンプレッサーは信号を減衰させるだけ(入力電圧 > 出力電圧)ですが、TG12345 のコンプレッサーはごく低いレベル(1.5 V 未満)では信号を増幅する——アップワード・コンプレッションだ、と明記されています。グラフのY軸は増幅/減衰の量(dB)、X軸は VCA への入力(ボルト)で、0 dBfs = 13.875 V。1.5 V より下は持ち上げ、上は下げる。公式の英語製品ページも「ピークを下げるだけのコンプレッサーと違い、TG12345 のフィードバック圧縮は低レベル信号をアップワード・コンプレッションできる」と同じことを書いています。
ここで基準点を取り違えないことが重要です。X軸は「VCA への入力」であって、トラックの入力レベルの目盛りではありません。ガイドは同じ段落で「VCA の入力はサイドチェーンを通った帰還信号によってトリガーされる」と書いており、p.6 では「サイドチェーンの電圧は数 mV から 15 V の範囲を取る」「1ボルトあたりの圧縮量は上の VCA グラフに示されている」と続けています。したがって 1.5 V を dBFS に換算して「これより小さい音は持ち上がる」と読み替えることは、この資料からはできません。本記事でも換算値は出しません。
GRメーターが 0 の上まで振れる理由
上の設計は、メーターの仕様にそのまま現れています。ガイド p.13 の Meter I/O の説明は、GR を「ゲインリダクション/インクリースの総量を表示する」と書いています。減った量だけではなく、増えた量も出る。だから範囲も片側に寄っていません。VU メーターは IN/OUT が -20〜3 VU なのに対し GR は -20〜9 VU、ピークメーターも IN/OUT が -20〜0 dBfs に対し GR は -20〜9 dBfs です。
もう一つ、同じページに読み飛ばすと損をする注記があります。「一部の一定の増幅係数は GR メーターに反映されない。それらは固定であって信号依存ではないためである。だから GR メーターで見えているものが、必ずしも聞こえているものを反映するとは限らない」。メーターの読みと音量感が合わないのは仕様だ、とガイド自身が宣言しているわけです。GR の数字を根拠に「かかっていない」と判断しないための一文です。
Hold はしきい値として働くが、出力とは連動しない
ここが本機でいちばん誤解されやすいところだと思います。Hold はVCA に送るサイドチェーンに一定の直流電圧を設定するコントロールです。この一定電圧が、信号全体に対して一定量の減衰を生む。そしてサイドチェーンに届く入力電圧が Hold で設定した電圧を超えると、シミュレートされたダイオードが破られ、VCA が変化する直流電圧で駆動されて、ゲイン変化が VCA の特性に従って動きます。入力電圧が Hold の電圧より低いあいだは、減衰量はふたたび一定に戻る——という説明です。
働きとしては明確にしきい値です。ただしガイドはこの直後にこう書いています。「多くのコンプレッサーは hold コントロールを出力フェーダー(しきい値)にリンクさせて動作するが、TG12345 は両者を分けたままにしている点で独特である」。つまり圧縮量を決める操作と、失った音量を戻す操作が別々に置かれている。オートメイクアップが無いのではなく、意図的に切り離されています。
だからガイドは、Hold の項目で操作手順そのものを書き下しています。メーターを GR にする → 望む圧縮量になるまで Hold を動かす → 失ったゲインを出力フェーダーで補う。順番が決まっているので、ここは素直に従うのが速いところです。
向きについても補足しておきます。Hold の範囲は 0〜100、初期値は 0 で範囲の下端です。Hold の項目そのものには「上げると深くなる」といった向きの言い切りがなく、あるのは「望む圧縮量になるまで Hold のレベルを変える」という書き方です。ただし別の節(p.6)に「直流電流が大きいほど圧縮は深くなる」という一般的な説明があり、Hold はサイドチェーンに一定の直流電圧を与えるコントロールなので、上げれば減衰が増える側に働くと読めます。初期値が下端にある以上、動かせる方向も上しかありません。もう一点、ガイドは Hold について「これが VCA のゲイン変化の範囲を狭める唯一の方法だ」とも書いています。



Threshold と書いていないから、しきい値が無いコンプだと思われがちです。実際は Hold がその役です。ただ音量の帳尻は自分で合わせる。順番を守れば迷いません。
アタックは固定、Recovery は6段。しかもミリ秒で書いてある
Dynamics Mode は Out/Compressor/Limiter の3択で、Compressor が 2:1、Limiter が 7:1、アタックはどちらも 1 ms 固定です。時間軸に関わるコントロールとして残っているのが Recovery で、こちらは「各ダイナミクスモードにつき6状態」、範囲は 100 ms/250 ms/500 ms/1 sec/2 sec/5 sec、初期値 100 ms。
この「ミリ秒で書いてある」というのが、実は同シリーズの中では珍しいことです。同じ Abbey Road シリーズの Abbey Road TG Mastering Chain のユーザーガイドは、リミッターモジュールの Recovery について「これらのリカバリー・タイムを正確なミリ秒で表現するのは非常に難しい」と述べ、範囲を 1〜6(初期値3)という状態番号だけで示しています。同じメーカーの、同じ TG を冠した製品の、同じ Recovery という名前のコントロールが、片方は実数値、片方は番号。設定値の意味は、製品ごとにガイドを読み直さないと分かりません。
トレブルは、上げるときと下げるときで別のフィルターになる
EQ の書かれ方が独特です。Treble は1本のつまみですが、ブースト側はベル(5 kHz 固定)、カット側はシェルフ(10 kHz 固定)。形も中心周波数も、回す向きで入れ替わります。範囲は -10〜10 dB、初期値 0 dB。一方 Bass の項目には Treble のような Boost/Cut の書き分けが無く、「50 Hz 固定のローシェルフ」とだけ書かれています(-10〜10 dB、初期値 0 dB)。
Presence は2本組で、周波数側(kHz)が 500 Hz〜10 kHz の連続・初期値 1.8 kHz、ゲイン側(dB)が -10〜10 dB・初期値 0 dB。ここで一つ、誌面を見ないと気づかない点があります。ガイド p.8 のインターフェース図に描かれた kHz PRESENCE つまみには、0.5/0.8/1.2/1.8/2.8/4.2/6.5/10 という8つの目盛りが刻まれています(本稿はこのページを画像として描画し、目視で読み取りました)。そして Abbey Road TG Mastering Chain のフィルターモジュールの Presence は、まさにこの8点を固定のカットオフ点として選ぶ方式です。同じ卓の系譜の同じ目盛りが、片方は「段」、片方は「その間も通れる連続」になっている。ちなみに TG12345 の初期値 1.8 kHz は、この目盛りの4番目に当たります。
Spread は、わざと打ち消し切らない MS マトリクス
ステレオコンポーネント専用の Spread は、ミッドのレベルを変えずにサイドのレベルだけを動かすコントロールです。範囲は -12 dB〜6 dB(0.1 dB 刻み)、初期値 0。上下非対称で、狭める方向に倍の幅があります。
面白いのはガイドの言い訳めいた一文です。「スプレッドは MS マトリクスに非常によく似ている。ただしプラグインのアナログ的な出自に忠実である点で、マトリクスのエンコードとデコードは互いを完全には打ち消さず、それがスプレッドに独特のヴィンテージ的キャラクターを与えている」。打ち消し合わないことを、欠点としてではなくキャラクターとして書いている。公式の英語ページも「今日のデジタルベースのステレオイメージャーの多くより効果は控えめで、その結果として非常に自然でまとまりのある、”分離して”聞こえない広がりになる」と書いています。効きが穏やかなのは実装の限界ではなく、狙いだということです。なおガイドは「この機能は MS だけでなく、すべてのカセットモードで使える」とも書いています。
ルーティング3択が、MK I〜IV の全体を覆う
EQ(トレブル+ベース)/プレゼンス/ダイナミクスの並び順を、EQ>Dyn>Pres・Dyn>EQ>Pres・EQ>Pres>Dyn の3通りから選べます。初期値は EQ>Pres>Dyn。ガイドは「この3つを合わせると、オリジナル TG12345 デスクの各バージョン(MK I〜IV)が提供していたルーティングの選択肢の全域をカバーする」と説明しています。
さらに具体的な使い方まで書いてあります。「プラグインのルーティングを見れば、2インスタンスあればコンソール内のどんな信号フローも実現できることが分かる。TG12345 MK I のマイクカセット→グループカセットの流れをシミュレートする信号フローは、1インスタンス(EQ>Dyn>Pres)だけで実現できる」。ルーティングのつまみが単なる順序の入れ替えではなく、卓の何を再現するかの選択になっている、という設計の説明です。
Cassette セレクターは、コントロール一覧に項目が立っていない
ガイド p.8 のインターフェース図には、CASSETTE と書かれた DUO/STEREO/MS の3位置セレクターが、引き出し線つきで「Cassette Mode」として指し示されています。ところが第2章のコントロール一覧(p.9〜13)には、このセレクター自身の項目がありません。
数えて確かめました。全13ページを大文字小文字を無視して cassette で検索すると24か所ヒットしますが、そのうち第2章の中にあるのは1か所だけ——Spread の説明文にある「すべてのカセットモードで使える」という言及です。ほかに Monitor の説明が「MS モードではこれがミッドをモニターする」と間接的に触れています。p.8 の図で引き出し線がついているラベルのうち、第2章に対応する項目が見当たらないのが、この Cassette Mode です。つまり機能が無いのではなく、見出しが立っていない。したがって範囲と初期値は、本稿が参照した版のガイドからは分かりません。図の中で STEREO が青く表示されていますが、この画面は「A: Drum Loop 2」というプリセット読み込み中の状態なので、初期値の証拠にはなりません。



マニュアルに書いていないから機能が無い、とは限りません。逆に、画面に写っているから初期値がこれだ、とも言えない。どちらも同じ種類の飛躍です。
全パラメーター
公式ユーザーガイド p.9〜13 の記載です。Spread と Monitor はステレオコンポーネントのみ。
| コントロール | 範囲 | 初期値 | 役割 |
|---|---|---|---|
| Input | -24 dB 〜 24 dB | 0 dB | 入力ゲインの増減 |
| Routing | EQ>Dyn>Pres / Dyn>EQ>Pres / EQ>Pres>Dyn | EQ>Pres>Dyn | EQ・プレゼンス・ダイナミクスの並び順 |
| Dynamics Mode | Out / Compressor(2:1)/ Limiter(7:1) | Out | ダイナミクスの動作。アタックはどちらも 1 ms 固定 |
| Hold | 0〜100 | 0 | サイドチェーンに与える一定の直流電圧 |
| Recovery | 100 ms / 250 ms / 500 ms / 1 sec / 2 sec / 5 sec | 100ms | リリースタイム(各モードにつき6状態) |
| SC-HP | On / Off(約90 Hz) | Off | サイドチェーンのハイパス |
| Mix | 0% 〜 100%(0.1%刻み) | 100% | 圧縮音と非圧縮音のバランス |
| Treble | -10 dB 〜 10 dB | 0 dB | ブースト=5 kHz 固定のベル/カット=10 kHz 固定のシェルフ |
| Presence(kHz) | 500 Hz 〜 10 kHz(連続) | 1.8 kHz | プレゼンス(ベル)の中心周波数 |
| Presence(dB) | -10 dB 〜 10 dB | 0 dB | プレゼンスのブースト/カット |
| Bass | -10 dB 〜 10 dB | 0 dB | 50 Hz 固定のローシェルフ |
| EQ Bypass | On Off(ガイド原文ママ) | Off | EQ セクション全体のバイパス |
| Phase | On / Off | Off | 位相反転(チャンネルにつき1つ) |
| Channel Selector | Mono=Channel 1 か 2 / Stereo=L・R それぞれに 1 か 2、または両方 | L=Channel 1 / R=Channel 2 | モデリングされた2チャンネルの選択 |
| Drive | Off 〜 100 | Off | 処理後の信号に加えるドライブ量 |
| Noise | Off 〜 100 | Off | 処理後の信号に加えるノイズとハムの量 |
| Spread(ステレオのみ) | -12 dB 〜 6 dB(0.1 dB刻み) | 0 | ミッドを動かさずサイドのレベルだけを変える |
| Monitor(ステレオのみ) | Left / Mono / Stereo / Right | Stereo | モニター出力のソース選択 |
| Output | -48 dB 〜 24 dB | 0 dB | 処理後の出力ゲイン(チャンネルにつき1本のフェーダー) |
| VU メーター | IN/OUT: -20 VU 〜 3 VU / GR: -20 VU 〜 9 VU | — | 入力・出力・ゲイン変化量の表示 |
| ピークメーター | IN/OUT: -20 dBfs 〜 0 dBfs / GR: -20 dBfs 〜 9 dBfs | — | ピーク出力レベルの表示 |
| VU ヘッドルーム校正 | 8 dB 〜 24 dB / -8 dB 〜 -24 dB | 18 dB | メーター下の小さなネジで調整。X dBfs=0 VU |
| Meter I/O | GR / IN / OUT | IN | メーター表示モードの切り替え |
| Clip Indicator | — | — | ピーククリップの表示 |
表に収まらない補足を3つ。ひとつが前述の Cassette セレクター(DUO/STEREO/MS)で、図にはあるがコントロール一覧に項目が無いため範囲も初期値も書けません。ふたつめが Monitor の Mono で、これは左右の出力をモノに合算したうえで 6 dB 下げるという仕様がガイドに明記されています。左を選ぶと MS モードではミッドが、右を選ぶとサイドがモニターされる、という対応関係も同じ節にあります。
3つめが Channel Selector の注記です。ガイドは「ステレオイメージを入力にできるだけ近く保つには、L と R に同じチャンネルを選ぶ」と書いています。モデリングされているのは実機の Channel 1 と Channel 2 で、初期値は L が Channel 1、R が Channel 2。初期状態は左右で別の個体を通る設定だということです。左右差そのものが実機の味でもあるので、どちらを取るかの判断はガイドが読者に預けています。
ガイドの表記の乱れも拾っておきます。EQ Bypass の説明が「Bypass’s the whole EQ section」、範囲が「On Off」とスラッシュ抜きで書かれています。ほかのスイッチ(Phase)は「On/Off」表記なので、表記の揺れです。内容は読み取れるので、そのまま原文表記を残しました。
公式のテックスペックからも補足を。レイテンシーは 44.1 kHz と 48 kHz で 85 サンプル、88.2 kHz 以上では 0 サンプルと公表されています(waves.com 製品ページの Tech Specs)。理由はユーザーガイドにも製品ページにも書かれていないので踏み込みませんが、低いサンプルレートで作業するときだけ遅延が発生する、という事実は押さえておく価値があります。対応サンプルレートは 192 kHz まで。コンポーネントは Mono と Stereo の2つで、これはガイドとテックスペックの両方が一致しています。
用途別・設定の始点
ガイドが手順の形で書き下しているのは Hold の項目なので、それ以外は「初期値がどこにあるか」と「ガイドが説明している効き方」から出発点を組み立てます。
| やりたいこと | 始点 | 根拠 |
|---|---|---|
| まずコンプを通す | Dynamics Mode を Out から Compressor へ | Mode の初期値は Out=ダイナミクス部バイパス。切り替えるまで圧縮は起きない |
| 圧縮量を決める | Meter I/O を GR にして Hold を動かし、減った分を Output で補う | ガイドが手順の形で書き下している操作 |
| 低域で深く潰れるのを抑える | SC-HP を On | 約90 Hz でサイドチェーンをハイパス。ガイドはベースギターを例に挙げている |
| パラレル圧縮にする | Mix を 100% から下げる | Mix は圧縮音と非圧縮音のバランス。0.1% 刻み |
| もっと強く止める | Mode を Limiter へ | Compressor 2:1 に対して Limiter は 7:1。アタックはどちらも 1 ms 固定 |
| 卓のマイク→グループの流れを作る | Routing を EQ>Dyn>Pres へ | MK I のマイクカセット→グループカセットを1インスタンスで再現できる、とガイドが明記 |
| 高域の質感を変える | Treble を上げるか下げるかで決める | ブーストは 5 kHz のベル、カットは 10 kHz のシェルフ。向きで別のフィルターになる |
| 広がりを整える | Spread を 0 から動かす | ミッドは動かない。狭める側が -12 dB、広げる側が 6 dB と非対称 |
| 卓の色を足す | Drive と Noise を Off から上げる | どちらも初期値 Off。実機に無かった追加機能 |
| 入力に近い像を保つ | Channel Selector の L と R に同じチャンネルを選ぶ | ガイドの注記。初期値は L=Channel 1/R=Channel 2 で左右が別個体 |
メーターまわりを補足します。IN は入力コントロール通過後、OUT は出力コントロール通過後のレベルを表示するので、Input や Output を動かした結果はメーターに反映されます。ヘッドルーム校正の初期値 18 dB は、0 VU が -18 dBFS に来る設定です。
似た製品との使い分け
Abbey Road TG Mastering Chain とは、モデリング元の卓から違う
名前が近いので混同されますが、この2つは別の卓です。EMI TG12345 のガイドが扱っているのは 1968年に Studio Two に入った録音用のミキシング・コンソール TG12345。一方 Abbey Road TG Mastering Chain のユーザーガイドは、モデリング元をEMI TG12410 トランスファー・コンソールと明記し、70年代初頭から現在まで Abbey Road Studios のマスタリング・スイートで使われている卓だと説明しています。録音卓のチャンネル1本と、マスタリング卓1台。役割からして別物です。
構造も違います。両方のユーザーガイドを読み比べると、こうなります。
| 項目 | EMI TG12345 | Abbey Road TG Mastering Chain |
|---|---|---|
| モデリング元 | TG12345(録音用コンソール) | TG12410 トランスファー・コンソール |
| 構成 | 1枚のチャンネルストリップ | 5モジュール(Input / Tone / Limiter / Filter / Output) |
| 並べ替え | 3つのルーティングから選択 | Tone・Limiter・Filter をドラッグで並べ替え |
| レシオ | Compressor 2:1 / Limiter 7:1 の固定 | Ratio 1〜100(VCAカーブに掛ける係数・初期値50) |
| Recovery | 100 ms〜5 sec の実数値6段 | 1〜6 の状態番号(ミリ秒での表現は困難、とガイドが明言) |
| サイドチェーン | 約90 Hz の固定ハイパス(On/Off) | HP 25 Hz〜1 kHz・ベル・LP 1〜22 kHz のリニアフェイズ3種 |
| プレゼンス | 500 Hz〜10 kHz の連続 | 0.5〜10 kHz の8点固定 |
| ステレオ拡張 | Spread -12〜6 dB | Spreader -5〜+5 dB |
| コンポーネント | Mono / Stereo | Mono / Stereo / Live Mono / Live Stereo |
選び分けの軸は明快です。トラックやバスに1本ずつ挿して卓の色をつけたいなら TG12345、2ミックスに対して段を組み立てたいなら Mastering Chain。ただし公式の日本語ページは TG12345 について「トラッキング、ミキシング、マスタリングの段階はもちろん、ライブでも」「個々のチャンネルにインサートするほか、マスター・バスにも最適」と書いているので、マスターバスでの使用が想定外というわけではありません。
Kramer HLS Channel とは、積んでいるものが違う
もう1本、ロンドンのコンソールを再現したチャンネルストリップとして、当サイトでは Kramer HLS Channel も扱っています。あちらのユーザーガイドによれば、モデリング元は Richard Swettenham が設計・製作した Helios のコンソール・チャンネルで、Eddie Kramer が60年代後半に London の Olympic Studios で使っていた系統。実際にモデリングされたのは、ローリング・ストーンズのモバイル・トラックに1970〜1973年に載っていた最初期リビジョンのチャンネルだ、とまで書かれています。
ここで系譜が交差します。その Swettenham は、60年代初頭にEMI の Abbey Road Studios でサービス/デザイン・エンジニアとして働いていたと HLS のガイドが書いているのです。TG12345 を生んだ EMI と、Helios の設計者は、出発点を共有していたことになります。
ただし製品としての中身は大きく違います。HLS Channel のユーザーガイド 3.2 のコントロール一覧に並んでいるのは、Source Select・Preamp・High Frequency Gain・Mid Gain・Mid Frequency・Mid Mode・Low Band Freq/Cut・Low Band Boost・EQ Cut・Analog・Noise・Meter・Clip LED・VU Meter・VU Calibrate・Trim・Input・Output。コンプレッサーやゲートに当たる項目は、この一覧には出てきません。EQ とプリアンプの色に振り切った設計です。しかも EQ は全部が段で、たとえば高域シェルフは 10 kHz 固定の -16/-12/-8/-4/0/4/8/12 dB、ミッドの中心周波数は 700 Hz/1/1.4/2/2.8/3.5/4.5/6 kHz の8点から選ぶ方式。TG12345 のプレゼンスが連続であることと、ちょうど対照的です。
つまりEQ と色だけでいいなら HLS、同じ1枚でダイナミクスまで完結させたいなら TG12345、という分かれ方になります。圧縮そのものの考え方を整理しておきたい場合は、コンプレッサーの基礎 を先に読むと、アタックが固定でレシオも2択という TG12345 のダイナミクス部の割り切りが、何を捨てて何を取ったのかを掴みやすくなります。
価格とバンドル
wavesjapan.jp の製品ページに表示されている永続ライセンス版の定価は 26,180円です(2026年9月5日にサーバー側HTMLで確認)。この値がページ雛形の定数ではないことを確かめるため、別の Waves 製品でも同じ手順で取得したところ、Abbey Road Studio 3 は 34,980円と別の値が返りました。なお waves.com 側の MSRP は 149 ドルです。同じ日のページには割引後の価格も出ていましたが、1時点の観測しかないので本記事には書きません。現在の価格は公式ページで確認してください。バンドルについては、公式の日本語ページが Abbey Road Collection に含まれると案内しています(構成は改編されるため、収録状況は公式で確認してください)。
よくある質問
挿しただけでコンプレッサーはかかりますか
かかりません。Dynamics Mode の初期値は Out で、この状態ではダイナミクス部がバイパスされます。Compressor(2:1)か Limiter(7:1)に切り替えて初めて圧縮が始まります。同様に Drive と Noise も初期値 Off、EQ の3つのゲイン(Treble・Presence dB・Bass)は 0 dB、Mix は 100%、Spread は 0。音を足す側のコントロールは、初期状態で中立に置かれています。
アタックタイムをミリ秒で追い込めますか
できません。Compressor モードでも Limiter モードでもアタックは 1 ms 固定と明記されています。時間軸に関わるコントロールとして残っているのは Recovery で、こちらは 100 ms/250 ms/500 ms/1 sec/2 sec/5 sec の6段。連続可変ではないので、素材に合わせて細かく詰める用途には向きません。6段のどれかで足りる、という割り切りだと読めます。
GRメーターが 0 より上に振れるのですが
仕様です。ガイドは GR を「ゲインリダクション/インクリースの総量」と定義しており、範囲も VU で -20〜9 VU、ピークで -20〜9 dBfs と上側に9まで取ってあります。このコンプレッサーは低いレベルでは信号を増幅する(アップワード・コンプレッション)ためです。あわせて、固定的で信号に依存しない増幅は GR に反映されないという注記もあるので、GR の読みと聞こえ方が一致しないことがある点も想定内です。
DUO や MS の切り替えについて、マニュアルのどこに書かれていますか
本稿が参照した版では、独立した項目は立っていません。p.8 のインターフェース図に CASSETTE として DUO/STEREO/MS のセレクターが描かれ、「Cassette Mode」と引き出し線がついています。コントロール一覧(p.9〜13)の中では、Spread の「すべてのカセットモードで使える」と、Monitor の「MS モードではミッド/サイドをモニターする」という2つの言及の中に出てくるだけです。範囲と初期値はガイドから確認できないため、本記事では書いていません。
まとめ
- トレブル・プレゼンス・スプレッドが同居する構成は、ガイドが記述する実機のマイクカセットには見当たらない。モデリング元の卓は公式が明言するとおり MK I だが、パネルの並びは1枚のマイクカセットの写しではなく、卓の別セクションの段を足したもの。
- 帰還型で、VCA への入力が 1.5 V を下回ると増幅に転じる。GR メーターが上側に9まで振れるのはそのため。
- Hold はしきい値として働くが出力とは連動しない。GR を見ながら Hold を決め、Output で音量を戻す——ガイドが手順の形で書き下しているのがこの流れ。



実機は479個のコントロールを持っていたそうですが、こちらは1枚に畳まれています。順番をどう決めるか、どこまで潰すか、色をどれだけ足すか。判断の粒度が粗いぶん、決めたことが音にそのまま出ます。
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