Waves L3-LLの設計思想|L3から何を削って低遅延にしたか

Waves L3-LLは、L3の音作りを📖トラック単位に持ち込むために、何かを差し出した製品です。この記事では、L3-LLがL3無印から何を引き継ぎ(PLMixerエンジン、Profiles、5バンド構成)、何を変えたのか(クロスオーバー方式と想定用途)を、公式マニュアルの記載に沿って解剖します。クロスオーバー4本の📖周波数レンジがL3とどこまで同じで、どこが違うのかまで数値で突き合わせます。

先に前提をひとつ。L3-LLはL3と二者択一の関係にありません。公式製品ページによれば、L3の製品には🎛️L3 Multimaximizer/L3 Ultramaximizer/L3-LL Multimaximizer/L3-LL Ultramaximizerの4プラグインが収録され、L3-16の製品にもL3ラインナップがすべて同梱されます。独立の販売店(Thomann UK)にもL3-LL単体の商品は見当たりません。L3を買えばL3-LLも付いてくる——だから判断するのは「どちらを買うか」ではなく「どちらを挿すか」です。

想定読者は、L3系をすでに持っていて「LLは何が違うのか」「どんなときにLLへ持ち替えるのか」を知りたい人です。L3の基本操作はL3 Multimaximizerの入門記事を先に読むと、本稿の対比が追いやすくなります。

仕様・数値はWaves公式の現行L3-LL User Manual(英語版・全22ページ)に基づき、比較対象のL3の仕様もL3の現行ガイド(全26ページ)を別に取り直して確認しました。比較表に他製品の数値を載せるときは、その製品のガイドも現行版で取り直す必要があるためです(実際にL3側で1か所、版による改訂が見つかりました。後述)。編集部はこの製品を所有していないため使用感は書かず、ガイドで裏が取れない項目は書きません。

カホ

LLはLow 📖Latencyの略です。ただ、低遅延を名乗るために内部で何を入れ替えたのか。そこがこの製品の本体です。

目次

この記事でわかること

  • L3-LLとL3無印の違い(クロスオーバー方式・想定用途・周波数レンジ)
  • MultimaximizerとUltramaximizer、2つのインターフェースの分担
  • Master 📖Releaseの各タイプがARCをどう配分しているか
  • クロスオーバー4本の範囲・初期値と、帯域別リリースの初期値

L3-LL Multimaximizerとは|何を解決する製品か

L3-LL Multimaximizerは、低レイテンシー(Low Latency)の5バンド・オートサミング・ピークリミッターで、公式マニュアルは「Lシリーズの5番目のプロセッサー」と位置づけています。マニュアルの製品概要が示す狙いは明確で、📖マスタリングの世界を変えたL3の処理を「トラックごと、楽器ごと(track by track, instrument by instrument)」に使えるようにすることです。マスター最終段の専用機だったマルチバンド・ピークリミッターを、挿す場所を選ばない道具に再設計した製品と読めます。

エンジンは前作と同じPLMixer(Peak Limiting 📖Mixer)で、📖プリセットもL3と同じProfilesを使います。コンポーネントは4つ。帯域ごとに触れるL3-LL MultimaximizerのStereo/Monoと、全体をまとめて操作するL3-LL UltramaximizerのStereo/Monoです。どちらも同じアルゴリズムを別のインターフェースで操作します。

なお、マニュアル自身はこの4件を並べる直前に「The L3-LL has two component processors:(コンポーネントは2つ)」と書いており、自分の列挙と食い違っています。後述するクロスオーバー範囲の誤植と同種のものと見られるため、本稿は列挙のほうを採って「4つ」としました。

設計思想:なぜこの効き方をするのか

クロスオーバーが「リニアフェイズ」から「位相補正型」へ

L3無印のマニュアルは、帯域分割について「リニアフェイズ・📖フィルターで5バンドに分割するため、クロスオーバーによる位相歪みは導入されない。入力と出力の違いは80msの固定遅延だけ」と書いています。📖位相の完全性を取り、遅延を代償として受け入れる設計です。

一方L3-LLのマニュアルは、クロスオーバーを「位相補正型(phase-compensated)ネットワーク」と呼び、「最小限の位相歪みを保ちながら(while maintaining minimal phase distortion)5つの可変帯域に分割する」と書いています。「📖歪みゼロ」ではなく「最小限」。この一語の違いが、リニアフェイズ設計との距離を示しています。低遅延の代償は、位相の完全保証をやめたことにある、と両マニュアルの対比から読み取れます。

正直に書いておくと、L3-LLのマニュアルにレイテンシーの具体的なミリ秒数は記載がありません。製品名と「Low Latency」という説明があるのみです。実際の遅延量は📖DAWのプラグイン遅延補正の表示で確認してください。

カホ

意外なことに、肝心の遅延量の数字はマニュアルのどこを探しても出てきません。名乗りはLow Latency、根拠の数値は非公開です。

エンジンは変えない——1本のスレッショルドで5帯域

PLMixerの動作原理はL3系で共通です。従来のマルチバンドリミッターのように帯域ごとの独立📖リミッターを並べるのではなく、1基のピークリミッターが5バンド全部を制御します。音響心理学的な基準で各帯域へのアッテネーション配分を決め、使える📖ヘッドルームを使い切り、相互変調歪みを抑えながらラウドネスを最大化する。帯域調整のオーバーシュートを捕まえる後段のワイドバンドリミッターも不要で、ブリックウォールは維持されます。

操作面もL3と同じ原則です。📖Gainはリミッターの手前に効くので、上げた帯域は📖スレッショルドに深く当たってより多くリミッティングされる。Priorityは相対的な配分で、上げた帯域は他より緩く、下げた帯域は他より強く叩かれる。ある帯域をピークごと持ち上げたいならGainとPriorityを両方上げる。全帯域を同じ非ゼロPriorityにすると0と同じ。この4点はマニュアルにそのまま書かれています。

2つの顔——UltramaximizerとMultimaximizer

L3-LL Ultramaximizerは、L1・L2の操作面を受け継いだ簡易インターフェースです。ThresholdとOut Ceilingに加えて、Profileの選択と、選んだProfileの内部リリース値に掛ける倍率(×0.1〜×10.0)だけを操作します。Profilesは Basic Profile、Extreme Analog、Semi Separated、WideBand ARC、WideBand Manual、Cosy & Warm(=Warm & Cosy)、Loud & Proud、Lean & Mean、Low Level Loudness が並び、初期値はBasic Profileです。

6番目のProfileは、ガイドの中で名前の表記が割れています。本文のProfiles解説(p.11)は「Cosy & Warm」、巻末のコントロール一覧(Appendix A・p.20)は「Warm & Cosy」。並び順はどちらも6番目で同じなので同一のProfileですが、どちらが実機のメニュー表記かはガイドからは決められません。検索して片方しか出てこないときは、もう一方の綴りでも探してみてください。

重要なのは、各Profileが「帯域ごとのPriority・Release・Separationの設定一式」を内包していると明記されている点です。つまりUltramaximizer側でProfileを切り替えることは、Multimaximizer側でしか直接触れないパラメーター群をまとめて差し替えることを意味します。簡易版は機能の削減ではなく、操作の集約です。

ARCは常時稼働——Master Releaseは「配分」を選ぶ

L3-LLのリリースは、帯域別のReleaseつまみ(0.1〜2500ms)とMaster Releaseタイプの二層構造です。帯域別の値はあくまで基準値で、そこにARC(Auto Release Control)がどれだけ介入するかをMaster Releaseタイプが決めます。マニュアルの説明は次のとおりです。

  • ARC:既定。ほとんどの素材に合う標準タイプ
  • Warm:低域に多くのARC処理、高域には少なく
  • Scaled:高域に多くのARC処理、低域には少なく
  • 📖Aggressive:📖トランジェントの多い素材で最大のラウドネス
  • Manual:ARCを最小限に。各帯域のリリースはつまみの値どおり

注意したいのは、Manualを選んでもARCが完全に切れるわけではないことです。マニュアルは「ARCは常時働いており、全タイプが一定量のARCを使う。Manualは最小限(minimal)」という書き方をしています。

帯域の境界は耳で決めさせる——SoloとSeparation

各帯域には📖Soloボタンがあり、クロスオーバー通過後・ダイナミクス処理前の信号を単独で聴けます。クロスオーバー位置を動かすときに、その帯域に何が入っているかを確認するための仕様です。Separation(0〜100、初期値100)はPLMixerへ送られる各帯域📖サイドチェーン間の📖カットオフ・📖スロープに相当し、値を下げるほどスロープが緩やかになって帯域間の重なりが増え、値を上げるほど急峻になって重なりが減ります。

全パラメーター

コントロール役割範囲初期値
Threshold5バンド共通のリミッティング基準。下げた分だけ自動メイクアップ−30〜📖0dB0dB
Out Ceiling最大出力レベル−30〜0dB0dB
Attenuation Meter全体(ワイドバンド)のアッテネーション表示−30〜0dB—
Master ReleaseARCの配分タイプARC/Aggressive/Warm/Scaled/ManualARC
Release(帯域別)各帯域の基準リリースタイム0.1〜2500ms598/503/402/298/200ms(低い帯域から。根拠は後述)
Priority帯域ごとの相対的なリミッティング配分−12〜+12dB0dB
Gain各帯域のゲイン(リミッター前)−12〜+12dB0dB
Xover LOクロスオーバー1本目20〜350Hz80Hz
Xover 📖LMクロスオーバー2本目150〜3000Hz320Hz
Xover 📖HMクロスオーバー3本目1000〜5000Hz1278Hz
Xover 📖HIクロスオーバー4本目3000〜11000Hz5113Hz
Separation帯域サイドチェーンの分離度0〜100100
Solo(帯域別)クロスオーバー後・処理前の信号を単独で聴くOn/Off—
📖Quantize出力📖ビット深度(常時有効)24/22/20/18/16bit24bit
Dither📖ディザの種類Type 1/Type 2/NoneType 1
Shaping📖ノイズシェイピングの強さNormal/Moderate/Ultra/NoneNormal
Profiles(Ultramaximizerのみ)帯域別Priority/Release/Separationの設定一式Basic Profile〜Low Level LoudnessBasic Profile
Release(Ultramaximizerのみ)Profileの内部リリース値に掛ける倍率×0.1〜×10.0×1.0

クロスオーバーの範囲はマニュアル内で表記が揺れています。📖LMは本文に「150Hz〜300Hz」とありますが、初期値320Hzが収まらず、巻末Controls Listの「150Hz〜3000Hz」が正と判断しました。HIは逆に巻末が「3000Hz〜1100Hz」となっており、本文の「3kHz〜11kHz」を採りました。どちらも桁の誤植と見られます。

帯域別Releaseの初期値が「低い帯域から」の並びだという根拠も書いておきます。ガイドの文章はこの5つがどの帯域のものかを書いていません——巻末のControls Listには「598ms, 503ms, 402ms, 298ms, 200ms」と並んでいるだけです。判断したのは画面図(p.13・p.15)からで、帯域ごとのSoloランプの色が、上のグラフに立っている5つのバンド・ハンドルの色とそのまま対応しています。低いほうから赤・緑・マゼンタ・黄・シアンで、いちばん左=赤=最低域の列にReleaseが598.66と入っています。クロスオーバーの表示(LO 80/📖LM 320/HM 1278/HI 5113)も左から順に上がっていくので、左端が最低域・右端が最高域、つまり598msが最低域、200msが最高域です。

ここで一つ紛らわしいのが、Master Releaseの解説(p.8)にある例です。「たとえばMaster Releaseのプリセットは、低域のバンドを比較的速いリリース値にして、高域にいくほど徐々に遅くする、という構成もありうる」——初期値の並びと逆向きに読めます。ただしこれはMaster Releaseプリセットの作りかたの例として挙げられている仮定の話(原文は could)で、帯域別Releaseの初期値を説明したものではありません。上の初期値を否定するものではないので、混同しないでください。

用途別・設定の始点

やりたいこと触るところマニュアル上の根拠
基本のセットアップThreshold/Out CeilingのLinkを掴み、Attenメーターを見ながら下げるクイックスタート手順3〜4
掛けすぎの見極め劣化・歪み・レベル低下が聴こえた点から、消えるまで戻すクイックスタート手順4〜5
出力の上限Out Ceilingを−0.2dBFSにクイックスタート手順6
まずProfileから入るUltramaximizer側でBasic Profileから切り替えて探すProfilesの解説
トランジェント主体の素材を押し込むMaster ReleaseをAggressiveにMaster Releaseの解説
リリースを自分の値で握るMaster ReleaseをManualにして帯域別Releaseを設定Master Releaseの解説
帯域の境界を決めるSoloで各帯域の中身を確認しながらXoverを動かすPer Band Soloの解説
CD用の📖書き出しQuantize 16bit+Type 1+NormalIDR推奨設定

なおクイックスタートが挙げる挿入位置は「マスターバスの最終段」です。トラック単位での使用は製品概要が明示する用途ですが、トラック挿し専用の設定手順まではマニュアルに書かれていません。

似た製品との使い分け

L3無印とL3-LLの違いを、両製品の現行ユーザーガイドの数値で並べます。これは購入先の比較表ではなく挿し分けの比較表です。L3の製品にL3-LLが同梱される以上、どちらも手元にある前提で読んでください。

先に注意点をひとつ。この表のL3側は、L3-LLのガイドではなくL3のガイドを別に取り直して埋めています。L3-LLだけを見ていると気づけない改訂が、L3側に入っているためです。具体的には Xover 📖LM の上限で、L3のガイドは2011年版が「150Hz to 2997Hz」、現行版(p.13)は「150Hz to 3000Hz」。古い版のL3ガイドと現行のL3-LLガイドを並べると「L3-LLでLMがわずかに広がった」と読めてしまいますが、現行同士で比べれば両者とも 150〜3000Hz で同じです。表ではこの行を共通としてまとめました(両版とも誌面を拡大して字の形まで目で確かめています)。

項目L3 MultimaximizerL3-LL Multimaximizer
クロスオーバー方式リニアフェイズ(位相歪みなしと明記)位相補正型(最小限の位相歪みと明記)
遅延80msの固定遅延と明記数値の記載なし(Low Latencyを名乗る)
想定用途マスタリングの最終段トラックごと・楽器ごとの使用を明示
帯域別Release範囲0.1〜50000.1〜2500ms
Xover LO40〜350Hz20〜350Hz(下限が拡大)
Xover LM150〜3000Hz(両者共通)
Xover HM1022〜4757Hz1000〜5000Hz
Xover HI4k〜16kHz3000〜11000Hz(上限が縮小)
Xover初期値80/320/1278/5113Hz(両者共通)
Gain/Priority±12dB(両者共通)

整理すると、マスターの最終段で位相の完全性を最優先するならL3無印、モニタリングしながらトラックに挿す使い方をするならL3-LLという分担が、両マニュアルの記述から素直に導けます。もう一度書きますが、これは同じ製品に入っている2つを場面で使い分ける話であって、買い分けの話ではありません。さらに細かい16バンド分割とパラグラフィック📖EQ型の操作が欲しい場合は、同じLシリーズのL3-16 Multimaximizerがあります(こちらはマスタリング向けの別設計で、L3-16の製品にはL3系4本がすべて同梱されます)。ワイドバンドで足りるならL2やL1、リミッターでなくマルチバンドコンプレッサーが必要ならC4が候補です。

カホ

「LLは軽いL3」という理解だと、マスター最終段の仕上げまでLLで済ませたくなります。位相の保証条件が違う点は、マニュアルの一語を読み落とさないでください。

よくある質問

L3-LLだけを単体で買えますか

単体の商品は見当たりません。公式製品ページによればL3-LL MultimaximizerとL3-LL UltramaximizerはL3の製品に収録されており、L3-16の製品にもL3ラインナップがすべて同梱されます。独立の販売店(Thomann UK)でもL3-LL単体の掲載は確認できませんでした。L3系を導入した時点でL3-LLは手元にある、と考えて構いません。

レイテンシーは具体的に何msですか

現行の公式ガイド全22ページを検索しても、レイテンシーの数値は出てきません(latency は 1.2 Product Overview の製品名「Low Latency 5-band auto-summing peak limiter」の1件のみ、delay は0件)。ガイドから分かるのは、位相補正型クロスオーバーを採用していることと、製品名が Low Latency を名乗っていることまでです。実測はDAWのプラグイン遅延表示で確認してください。参考として、リニアフェイズ分割のL3無印は現行ガイド p.5 に「a constant delay of 80 milliseconds」と明記されています。

L3とプリセットの互換性はありますか

L3-LLは「前作L3と同じProfilesプリセットを使う」とマニュアルの製品概要に明記されています。Basic ProfileからLow Level Loudnessまでの並びもL3系で共通です。

UltramaximizerとMultimaximizer、どちらを挿すべきですか

アルゴリズムは同じで、操作の粒度だけが違います。ProfileはPriority・Release・Separationの帯域別設定を内包しているので、Profileの切り替えと倍率調整で足りるならUltramaximizer、クロスオーバー位置や帯域別の値まで自分で決めたいならMultimaximizerです。

Soloボタンは何を聴いていますか

クロスオーバー通過後・ダイナミクス処理前の信号です。リミッティングの結果ではなく、その帯域に何が入っているかを確認するための出力だとマニュアルに明記されています。

まとめ

  • L3-LLはL3のPLMixerエンジンとProfilesを引き継ぎ、クロスオーバーをリニアフェイズから位相補正型に替えて低遅延化した5バンドリミッター
  • 狙いはトラックごと・楽器ごとの使用。位相歪みは「ゼロ」ではなく「最小限」という表現に変わっている
  • Xover初期値とGain/Priority範囲、そしてLMの範囲(150〜3000Hz)はL3と共通。違うのはLOの下限が20Hzへ広がり、HIの上限が11kHzに縮んでいる点
  • 比較表を作るときは相手側の現行ガイドも取り直す。L3のLM上限は旧版が2997Hz、現行版が3000Hzで、旧版のまま並べると「L3-LLで広がった」という存在しない差が生まれる
カホ

何を得たかより、何を差し出したかで製品を読む。LLの場合、差し出したのは位相の完全保証で、得たのは挿す場所の自由です。

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