Waves MetaFlangerのTapeボタンは、味付けスイッチではありません。ドライ信号にもウェットと等量のディレイを入れて、変調されたウェットがドライより「短くも長くもなれる」ようにする構造変更のスイッチです。公式マニュアルはこれを「本物のテープフランジング・エミュレーションを得る唯一の方法」と書いています。この記事では、なぜ1本のディレイではテープフランジにならないのか、Delay・Rate・Depthの3つが何を決めているのか、全コントロールの範囲と初期値を、公式マニュアルに沿って解剖します。
想定読者は、すでにMetaFlangerを持っている人と、フランジャー/フェイザー/コーラスを1台でまかなえるのか知りたい人です。操作手順の入門ではなく「なぜその構造なのか」を扱います。
仕様・数値は、Wavesがいま配布しているMetaFlangerのマニュアル(全23ページ・Tempo Syncの補足章を含む)に基づきます。製品に同梱されている2011年版と食い違う箇所は、そのつど版を書き分けました。編集部は本製品を所有していないため使用感の描写はせず、裏が取れない項目は書きません。
カホフランジャーのマニュアルなのに、いちばん重要なボタンの名前が「Tape」。ここに設計の答えがほぼ書いてあります。
この記事でわかること
- Tapeボタンが挿入する「2本目のディレイ」と、ヌルポイントを越えられる理由
- MetaFlangerの中でフランジ/コーラス/フェイザー「風」をDelayの値で切り替える公式の目安
- 三角波LFOの正体が実は方形波変調であること
- 全コントロールの範囲・初期値と、V5.0で加わったテンポ同期の仕様
MetaFlangerとは|何を解決する製品か
MetaFlangerは、クラシックなテープフランジング、ビンテージフェイザーのエミュレーション、コーラス、そして分類しづらい特殊効果までを1台で作るモジュレーションプラグインです。この製品紹介は、同梱されている2011年版マニュアルの第1章の書き出しにあたるもので、そこでは用途として、伝統的なアナログフランジャーの再現、シンプルな音を厚くすること、複雑な倍音テクスチャーの生成、さらには「小さくラフなリバーブ」の生成までが挙げられていました。いま配布されている版では、この段落がWaves共通の案内文(アカウント登録・Waves Update Plan・サポートページ)に差し替えられています。
ただし「リバーブまで作れる」という性格が現行版から消えたわけではありません。第3章(誌面7ページ)には、Tapeボタンをオフのまま長いDelayタイムを使う工場出荷プリセットがあると書かれていて、その狙いは「気の利いた小さな部屋リバーブ(funky little room reverbs)を作るため」だと明記されています。後述の用途別表にある「小さなラフリバーブ」の行は、現行版に残っているこの記述に基づいています。
仕組みの中心は低周波発振器(LFO)です。ウェット信号のディレイタイムをLFOでゆっくり揺らし、原音と混ぜ直すことで、周波数特性に櫛(くし)状のノッチが並ぶコムフィルターが生まれ、それが時間とともに伸縮することでフランジ特有のうねりになります。ここまでは一般的なフランジャーの原理どおりですが、MetaFlangerの個性は「そのコムフィルターをどこまで正確に、どの方式で作るか」に踏み込んでいる点にあります。
インターフェースは4つのセクションに分かれます。左からMix・Feedback・Filter、次にDelay・Rate・Depth(とLink)およびTapeボタン、3番目にWaveform・Modulationディスプレイ・Stereo、右端にOutputフェーダーとメーター群です。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
テープ2台の物理を、2本のディレイで再現する
マニュアルの歴史章は、フランジングという効果はAbbey Roadスタジオで開拓されたという説を「かなり妥当に受け入れられている話」として紹介しています。同じ音源を2台のテープレコーダーに送り、片方のリールの縁(フランジ)をエンジニアが指で押さえて回転を遅らせ、両方の再生出力をミックスする。さらにマニュアルは、George Martinが可変電圧トランスで片方の速度をわずかに上下させる方法へ発展させた、という逸話まで載せています。
ただし、この2点はマニュアル外の資料と突き合わせると成り立ちません。効果そのものはAbbey Roadより先行していて、Les Paulが1940年代後半にはすでに同種の効果を試しており、フランジングとはっきり分かる最初のヒット曲はToni Fisherの「The Big Hurt」(1959年)とされます。Abbey Roadで生まれたのは、1966年春にEMIのエンジニアKen Townsendが考案した自動ダブルトラッキング(ADT)という手法と、「flanging」という呼び名のほうです。可変速で片方の機械を揺らす方式を作ったのもTownsendで、George Martinはこの技術の説明をめぐる命名の逸話の側に登場する人物です(最初に「flanging」と呼んだのはJohn Lennonだったとされています)。ここは公式マニュアルではなく、独立した資料(英語版Wikipedia「Flanging」の記述)に従いました。
ここで重要なのは、テープ2台方式では「遅れている側が追い越す」瞬間があることです。2つの信号が完全に一致して反対側へ抜ける——マニュアルはこれを「ヌルを通り抜ける(thru the null)」と呼び、ジェット機のスウッシュ音の核心だとしています。ところが、ディレイライン1本のフランジャーでは、ウェットはドライより先に進めません。ヌルポイントに近づいては離れるだけで、越えることができない。これがTapeボタンの存在理由です。Tapeをオンにするとドライ側にもウェットと等量のディレイが挿入され、変調されたウェットがドライより短くも長くもなれる。マニュアルはこれを「本物のテープフランジング・エミュレーションを得る唯一の方法」で、ビンテージのディレイライン式フランジャーを含む多くの機材には無い機能だと明記しています。ブロックダイアグラムにも、この2本のディレイ構造がはっきり描かれています。
倍音関係が崩れないコムフィルター
マニュアルは「偽物のフランジャー」の話も書いています。かつて、ノッチフィルターを並べたコムフィルターEQを上下させてフランジ風の音を作る機材がありましたが、ノッチ同士の間隔が固定のまま平行移動するため、倍音関係(f、2f、3f…)が崩れ、どこか不自然な響きになった。一方、実際のディレイ由来のコムフィルターは、ノッチが常に正確な倍音関係を保ちます。MetaFlangerの内蔵フィルターが位相シフトを起こさないFIR型なのも同じ理由で、ハイパスやローパスをかけてもコムフィルターの倍音関係が完全に保たれる、と説明されています。
ディレイタイムとノッチの関係も明快です。ディレイを半分にするとノッチの間隔は広がり、ディレイが短いほど効果は特定の周波数帯に深くかかる。Delayを0.8ms程度まで下げるとフェイザー的な響きになるのはこのためです。
ただし、ここで作れるのはあくまで「フェイザー風」です。本物のフェイザーはディレイではなくオールパスフィルターで位相を回す方式で、生じるノッチは倍音関係(等間隔)には並びません。ディレイで作るコムフィルターとは、そもそもノッチの並び方が違います。これはマニュアル自身も認めていて、フェイザーの節には「フェイザーはディレイラインではなくオールパスネットワークを使って開発された」と書かれており、公式の製品説明もMetaFlangerの機能を「フェイザー・エミュレーション」と表記しています。



意外だったのは三角波の正体です。100%ウェットで聴くと、実際には2つのディレイタイムを行き来する方形波変調。2つのピッチしか出ないのに、混ぜると「三角の音」になる、とマニュアル自身が種明かししています。
Linkが守っているのは「ピッチ変化量」
RateとDepthをつなぐLinkボタンは、単なる同時操作ではありません。Rateを上げると、同じDepthでも単位時間あたりのディレイ変化が速くなり、ドップラー効果によるピッチ変化が大きくなります。Linkはこの2つを逆相関で連動させ、レートを変えてもピッチの振れ幅——つまり効果の「味」——を一定に保ちます。また、マニュアルはこの節で「Delayの最大時間は50msなので、Delayを高く設定するとDepth側に自動的に上限がかかり、ラインの終端を越えて変調しないよう保護される」と説明しています(この50msという数字は、後述するとおりDelayの表示範囲の記載と食い違っています)。
全パラメーター
| コントロール | 役割 | 範囲 | 初期値 |
|---|---|---|---|
| Mix | ドライとウェットの比率。位相反転ボタン付き | 0〜100% | 50% |
| Feedback | ウェット信号を入力へ帰還。位相反転ボタン付き | 0〜100% | 50% |
| Filter | ウェット経路のFIRフィルター。LP/HP切替と周波数設定 | ほぼ0〜20.0kHz | オフ(※周波数の記載は同じ節の中で0.4kHzと1.0kHzに割れる) |
| Delay | 効果の基準ディレイタイム | 0〜20.0ms(0.1ms刻み)※マニュアル内・製品仕様と食い違い。表の下に注記 | 2.2ms |
| Tape | ドライ側にも等量のディレイを挿入(テープフランジ化) | オン/オフ | オフ |
| Rate | LFOの周波数 | 0〜20Hz(0.1刻み) | 0.2Hz |
| Depth | ディレイの揺れ幅=ピッチ変化量 | 本稿が参照した版に範囲の明記は見当たらない(0%〜100%=0〜1.0として説明) | 1.0(※本文の例では0.5とする記述もあり) |
| Link | RateとDepthを逆相関で連動しピッチ変化を一定に | オン/オフ | オフ(unlinked) |
| Waveform | LFO波形の選択 | Sine/Triangle | Sine |
| Stop | モジュレーターをその場で停止・再開。オートメーション可 | — | — |
| Stereo | 左右LFOの位相差(出力の位相ではない) | 0〜180° | 0° |
| Gain(Output) | 出力レベル。クリップ表示はクリックでリセット | −12.0〜+12.0dB | 通常は0のままでよいとの記載 |
| Sync(V5.0) | ホストテンポ同期。AutoではRateがRate(x/Beat)に変化 | A(Auto)/M(Manual) | — |
Depthの初期値は、コントロール解説の見出しでは2箇所とも1.0(100%)と書かれていますが、同じ章の計算例には「初期値0.5(50%)でディレイは1.1〜3.3msを往復する」という記述もあり、マニュアル内で食い違っています。確実に言えるのは計算のルールのほうで、Depth 100%ならDelay 2.2msは0.0〜4.4msを、Delay 10ms・Depth 30%なら7〜13msを往復します。中心はつねにDelayの値です。
Delayの範囲も食い違っています。マニュアルはクイックスタート章とコントロール章の2箇所で「0〜20.0ms(0.1ms刻み)」と明記する一方、同じコントロール章で「コーラスは3〜50ms」と書き、Depthの節では「Delayの最大時間は50msだから自動で上限がかかる」と説明しています。上限が20msならDepth 100%でも0〜40msにしかならず、50msの制限に当たることがないので、この自動制限の説明は20msでは成立しません。販売店が公開している製品仕様も「フランジング/フェイジング/コーラス用に0〜50msのディレイタイム」です。本稿の表はマニュアル原文どおり0〜20.0msを載せていますが、実際にどこまで入るかは手元のプラグインで確認してください。
テンポ同期は、SyncをAutoにするとRateの単位がHzから「1拍あたりのサイクル数」に変わる方式です。マニュアルの例では、Rate 3.00でホストが120BPM(毎秒2拍)なら、変調は1拍に3周期=6Hzになります。Rateボタンには4分音符などの定型サブディビジョンを選ぶドロップダウンも追加されています。Manualモードにすると、Rateは従来どおり変調周波数をHzで決めるコントロールに戻ります。
この章の呼び方は版で変わっています。同梱の2011年版は見出しが「MetaFlanger Tempo Sync in V5.0」で、本文も「MetaFlanger version 5.0 は新しい同期機能を持つ」という書き出しでした。現行版は見出しから in V5.0 が外れて「MetaFlanger Tempo Sync」になり、本文も「MetaFlangerはホストテンポに同期できる」という、バージョンに触れない書き方に変わっています。ただし目次の第7章の行と、補足章の締めの一文(「新しい Waves MetaFlanger 5.0 で」)にはV5.0の表記が残ったままです。テンポ同期がV5.0で入った機能であること自体は、この2箇所から今も読み取れます。
用途別・設定の始点
| 作りたい効果 | 始点(マニュアルの目安・プリセット) |
|---|---|
| フェイザー風(公式表記は「フェイザー・エミュレーション」) | Delay 0.1〜0.5ms。プリセットUp’n’Down Phaserは0.6ms・MixとFeedbackの位相反転オン・Feedback 70 |
| フランジャー | Delay 0.5〜3ms。初期設定(Delay 2.2ms)にTapeをオンでクラシックなフランジに |
| テープフランジ(ヌル通過) | Tapeオン。プリセットはTotal Null/Ampex 440 |
| コーラス | Mixを低く・Delayを長く(目安3〜20ms。章によっては3〜50msとも)。RateとDepthはフランジより控えめに |
| 固定コムフィルター | Rate 0.0で変調を止める。プリセットQueenguitar(Brian May方向の音の入口とマニュアルが紹介) |
| 小さなラフリバーブ | 長いDelayをTapeオフで使う(公式プリセットが採用する手法)。Mixを100%近くまで上げた領域の例がReflective Room系プリセット |
| ベースを痩せさせないフランジ | ハイパスフィルターで低域をウェットから除外し、倍音だけをフランジ |
似た製品との使い分け
同じWavesのモジュレーション系では、Enigmaが近い位置にいます。ただし方向は逆で、MetaFlangerが「フランジ/フェイズ/コーラスを教科書どおり正確に作る」道具なのに対し、Enigmaはノッチ生成に帰還ループやリバーブ的な反射を絡めて、分類から外れる音を作る道具です。実際、EnigmaのマニュアルはMutron Biphase系の音について「逆相フェイジングが欲しければMetaFlangerのプリセットを使え」と、役割分担を自分で書いています。MetaFlanger側もStereoコントロールの解説でMutron Biphaseを引き合いに出しており、左右LFOの位相差という同じ発想を、より整理された形で持っています。
また、コムフィルターのノッチがなぜ音を変えるのかを周波数軸で理解したい場合は、パラメトリックEQのQ10でノッチを手動で作ってみるのが近道です。ステレオの広がりが目的でフランジ感まで要らないなら、S1 Stereo Imagerのような専用機のほうが素直です。
よくある質問
クリップメーターが点かないのに歪むことがあるのはなぜ?
メーターは出力のクリップしか監視していないためです。この処理は信号に自分自身のコピーを(位相反転や時間シフト込みで)重ねる性質上、元よりずっと高いピークが内部で発生し得ます。マニュアルは、−10dBFSを超えるような高いレベルの信号では内部クリップが起きやすいとして、入力レベルを下げることを推奨しています。
DepthやRateを手で動かすとプチプチ鳴るのはなぜ?
手動で動かすとディレイタイムが数ミリ秒単位で飛ぶため、クリックノイズが出ます。LFO経由の変化は滑らかなので鳴りません。狙った位置からスイープを始めたい場合のために、モジュレーターを任意の位置で凍結・再開できるStopボタンが用意されています(オートメーション可)。
コーラスにすると声が3つに聞こえることがあるのは?
MetaFlangerのコーラスは基本的に「原音+遅れたウェット」の2声です。ただしStereoコントロールに大きな値を入れると左右のウェットが別々に揺れるため、変化する声が2つになり、合計3声相当になるとマニュアルが説明しています。
Rateを0にする意味はある?
あります。Rate 0.0はフランジャーを固定点で止め、動かないトーン(固定コムフィルター)として使うための設定です。プリセットQueenguitarがその例で、DelayやDepthで固定トーンの音色を調整します。
まとめ
MetaFlangerの核心は、ドライ側にもディレイを持つ2本構造でヌルポイントを越えられることと、FIRフィルターで倍音関係を崩さないことの2点です。MetaFlangerの中では、フランジ/コーラス/フェイザー「風」の切り替えはほぼDelayの値(0.1〜0.5/0.5〜3/3ms以上)で決まります。ただしこれは製品内の話で、本物のフェイザーはディレイタイムではなくオールパスフィルターで定義され、ノッチも等間隔には並びません。まず初期設定+Tapeオンから始めて、Linkでピッチ変化を固定したままRateを探るのが、マニュアルに忠実な入り方です。



「Tapeボタン=2本目のディレイ」。これだけ持ち帰れば、あとのつまみは物理の帰結として読めます。






