Waves MaxxBassの設計思想|倍音で低音を聴かせる仕組み

この記事では、Waves 🎛️MaxxBass がなぜ「鳴っていない低音」を聴かせられるのかを、公式マニュアルの記載を軸に分解します。マニュアルが挙げている心理音響の原理、📖EQ とどこで線を引いているのか、📖Decay と HighPass が📖倍音スペクトラムの上端と下端をそれぞれ受け持つ設計、そしてアップワードコンプレッサーが入っている理由までを扱います。

先に、この製品の核心を一つ。マニュアルは MaxxBass を「心理音響のツール」と定義し、仕組みをこう書いています。スピーカーが扱える📖周波数だけを通し、📖基音を計算して、スピーカーの再生範囲より下にある元の低音を一部そぎ落とし、その基音の倍音を足す。人の聴覚は最低域よりも中高域に対して感度が高いので、脳はその倍音を処理して「失われた基音(missing fundamental)」を知覚する(p.3)。マニュアルはこれを別の箇所で「『失われた基音』の心理音響的な錯覚」と呼び、📖ミキシングと📖マスタリングで、どんな再生システムでも低域応答を良くするために使えると書いています(p.7)。

以下に出てくる数値・推奨値・📖フィルターの📖スロープは、断りのない限り現行の公式マニュアル『MaxxBass User Guide』(全13ページ・2025年版)の記載であり、編集部の実測値ではありません。この版はPDFの通しページと誌面に印字されたページ番号が一致するので、以下のページ番号はどちらで数えても同じです。公式製品ページ由来の数値は、その都度どちらの出典かを明記します。このガイドは2025年に全面改稿されており、2022年6月に最終更新された旧版とは記述が変わっている箇所があります。変わった箇所は本文で版を添えて示します。範囲が書かれていないコントロールについては「記載なし」としています。価格は公式製品ページの表示に拠り、永続📖ライセンス版の定価は17,380円(waves.com 側の表示は99ドル)。購入前に公式ページで現在の価格を確認してください。

カホ

低音が足りないときに低音を足す、というのがEQの発想です。この製品はそこを通りません。何をしているのかを、マニュアルの言葉の範囲で追います。

目次

この記事でわかること

  • マニュアルが書いている「失われた基音」と、スピーカーの物理限界より約2📖オクターブ下という数字の意味(公式製品ページの「最大1.5オクターブ」との食い違いも含めて)
  • EQ を使うべき場面と MaxxBass を使うべき場面の、マニュアル自身が引いている線
  • HighPass の3ポジションと Decay が、生成される倍音スペクトラムの下端と上端をどう決めているか
  • 小型スピーカー向けミックスの具体的な手順と、そこで挙げられている周波数の目安

MaxxBassとは|何を解決する製品か

マニュアルの定義は簡潔です。MaxxBass は、そこまで低い音を本来は再生できないスピーカーでも、ミックスの豊かな低域を鳴らせるようにする心理音響のツール(p.3)。同じページはこうも書いています。ミックスを変えずに、より深く、より良い低音を出す。この「失われた基音」の錯覚を、ミキシングとマスタリングで再生環境の低域応答を改善するために使う(p.7)——というのが製品の全体像です。

📖信号の流れも書かれています。Frequency スライダーがクロスオーバー点を決め、この点より下の周波数には倍音が作られ、上の周波数は手を加えずそのまま出力へ送られます(p.4)。低い側では、まず基音を計算し、スピーカーの再生範囲より下にある元の低音を一部そぎ落としたうえで、その基音の倍音を足す(p.3)。ここで重要なのは次の一文です。MaxxBass が作る倍音は、Original Bass と同じ📖ダイナミックレンジと性格を持つ(p.10)。結果は「ベースブースト特有のアーティファクトの無い、驚くほど自然な低音」(p.3)だ、というのがマニュアルの説明です。

そして MaxxBass の倍音と元の低音(Original Bass)は、出力段でそれぞれ独立した📖フェーダーを持ちます。どちらも +12dB 〜 −∞ の範囲なので(p.4)、倍音だけにすることも、元の低音を残したまま少しだけ足すこともできる。この混ぜ方の自由度が、後述する「マスタリング用途」と「小型スピーカー専用ミックス」という二つの使い方を分けています。なお2022年6月に最終更新された旧版のガイドは、この関係を「MaxxBass の倍音と Original Bass は出力で任意の比率で混ぜられる」という一文で説明していました。2025年版はその一文を置かず、フェーダーごとの範囲表記に置き換えています。

この原理で何が得られるのか。マニュアルはこう書いています。スピーカーの物理的な限界より約2オクターブ下まで、知覚上の周波数レンジを拡張できる(p.3・原文は「by about two octaves below its physical limitations」)。ただしこの数字は公開情報が割れています。Waves Japan の公式製品ページは「低周波応答を最大1.5オクターブまで拡張」と表記しており(2026年8月時点)、マニュアルの「約2オクターブ」とは一致しません。どちらが現行仕様かを確定できないため、本稿はマニュアルの数値を主として示し、公式ページの数値を併記するに留めます。

設計思想:なぜこの効き方をするのか

EQとの線引きが最初に書かれている

マニュアルの「Mastering」の節(p.8)は、珍しいことに「使うべきでない場面」を明示しています。線の引き方はこうです。

  • 良いミックスの低音を太らせたい/低音を鋭くしたい/低音の存在感を上げたい → MaxxBass
  • 低音のスペクトラム自体が不均衡なとき(80Hz が多すぎて 200Hz が足りない、といった状態)→ EQ

逆向きの注意も書かれています。MaxxBass の仕事を EQ でやろうとすると、ドラム・ギター・📖キーボードといった他の楽器の低域まで持ち上がり、ミックスが濁るだけ。低域が滑らかで、📖ベースラインに適切な存在感がある状態を目指しているのに、帯域全体を押し上げる道具を選ぶと目的から遠ざかる、という理屈です。マニュアルは最後に「耳を信じろ。MaxxBass で問題が解けないようなら、丁寧な EQ を試したほうがよい」と付け加えています(以上 p.8)。

なぜ倍音のほうが有利なのかについても、根拠が書かれています。人間の聴覚は高い周波数のほうが感度が高いため、低い周波数を高い MaxxBass 倍音へ「エンコード」しておけば、あらゆるシステムでベースがよく聴こえるようになる(p.8)。EQ や📖マルチバンドコンプと違い、トランスデューサーの限界や聴覚の感度の影響を受けにくい成分に置き換えている、という説明です。

DecayとHighPassが、倍音の上端と下端を受け持つ

この製品でいちばん設計が見えるのがここです。マニュアルは 🎛️Harmonics セクションの2つのコントロールについて、Decay と HighPass がスペクトラムのそれぞれ高い側と低い側を調整すると明記しています(p.9)。生成された倍音の帯域を、上下から挟んで整形する構造です。

下端を決めるのが HighPass で、3つのポジションを持ちます。第1ポジションは 16Hz の 6dB/oct フィルターで、マニュアルによれば「基本的には 📖DC と極めて低い周波数成分を取り除くため」のもの。p.5 ではこのポジションを Wideband と呼び、生成された低音信号の大部分を手つかずのまま DC まで伸ばすと説明しています。第2ポジションはグラフ上で選んだ Frequency に対する 12dB/octで、マニュアルは「Default is 12 dB/oct.」とはっきり初期値だと書いています。第3ポジションは同じ Frequency に対する 24dB/oct です(以上 p.4)。

使い分けも明快に書かれています。マスタリングには中央の 12dB を推奨——p.5 は「ほとんどのマスタリング状況に理想的」、p.9 は「まず中央のフィルター設定(12dB/oct)から始めることを勧める。良いミックスを邪魔せずに十分な倍音が得られる」。Wideband は、低域を極端に伸ばしたい特殊効果向け。第3ポジションの 24dB は、特定の小型スピーカーに向けてミックスするときの出発点で、Harmonic 出力から極めて低い周波数をほとんど取り除くため、トランスデューサーを追い込みすぎるリスクを減らしながらレベルを上げられる、というのが理由です(p.5)。2022年6月に最終更新された旧版のガイドは、Wideband の用途として映画・📖効果音・テーマパーク・コンシューマー配布用の特殊なミックスを列挙していましたが、2025年版はこの列挙をやめ、「低域の過度な拡張を狙う極端な📖エフェクト用」とだけ書いています。

上端を決めるのが Decay です。定義は「倍音列の後続する各倍音の、レベルにおける漸進的な減衰率」で、範囲は −9 〜 −24(p.5)。値が高い(ゼロに近づく)ほど、生成される倍音スペクトラムは「リッチ」になります。ただしマニュアルは同時に、それがシステムによってはぼやけて聴こえることがあると注意しています。逆に低い(より大きな負の)値は、フルレンジのシステムでは自然に聴こえるが、小さいスピーカーでは聴こえにくくなる。Decay を動かすとグラフ上のオレンジの Harmonics カーブの右端が動くので、視覚的に確認できます(p.9)。2022年6月に最終更新された旧版のガイドでは、このカーブは黄色と書かれており、Decay の範囲の記載もありませんでした。2025年版は画面デザインが刷新され、グラフはOriginal Bass が青、生成された Maxx Bass がオレンジと明記されています(p.4)。

カホ

倍音を足す系のプラグインで迷子になるのは、たいてい「どこまで上を伸ばすか」を決めていないからです。この製品は上下が別のつまみに分かれているので、順番に決められます。

アップワードコンプレッサーが入っている理由

Dynamics セクションの 📖Ratio は、普通の📖コンプレッサーとは向きが逆です。マニュアルの定義は「生成された倍音の圧縮を変化させる。これはアップワードコンプレッサーなので、レシオを上げると倍音のレベルも上がるが、ダイナミックレンジは狭くなる」(p.6)。そして重要な補足があります。レシオを上げた場合は、たいてい Harmonics のレベルフェーダーを下げる必要がある。

なぜこれが必要なのかは、先ほどの「MaxxBass が作る倍音は Original Bass と同じダイナミックレンジと性格を持つ」(p.10)という設計から逆算できます。Ratio が 1:1 のときは圧縮がかからず、倍音は Original Bass と同じダイナミックな性格を持ちます(Ratio の説明は、p.6 が「the same dynamic character」、p.10 が「approximately the same」と程度の表現を書き分けています)。つまり無圧縮の状態が「原音に忠実」。そこから意図的にダイナミクスを崩したいときに使うのが Ratio です。しかもこのコンプレッサーは倍音にだけ作用し、Original Bass には作用しません(p.10)。原音の質感を保ったまま、疑似低音の側だけを均せる構造になっています。なお2022年6月に最終更新された旧版のガイドは、p.6 にあたる箇所を「exactly the same(まったく同じ)」と強めに書いていました。2025年版は「exactly」を落として、Dynamics Section の冒頭で述べる原則(上に引いた「同じダイナミックレンジと性格を持つ」)と、Ratio 1:1 のときの但し書き(「approximately」)を穏やかに書き分けています。

もう一つの Response は、倍音生成の📖アタックと📖リリースをミリ秒で決めるコントロールです。アタックとリリースを同時に制御します(p.10)。速い(小さい)値ではタイトで📖パンチのある音、遅い(大きい)値では「ルーズ」な音になる。マニュアルは具体例まで挙げています。キックドラムのようなアタックの速い音では遅い設定が正確さに欠けて聴こえるので速い応答を選ぶ、🎵ジャズのウッドベースのような遅い低音では遅い応答のほうがたいてい良い。効果が分かりにくいときは MaxxBass の信号だけを📖モニターせよ、とも書かれています。

ピークが増えることが前提の設計

マニュアルの「MaxxBass Mastering Guidelines」(p.9)には、はっきりした警告があります。MaxxBass の処理はピーク値の大幅な増加を生むことがある。入力信号のレベルが高い場合は、📖ヘッドルームを確保するために Input のレベルを 6dB 程度下げるのがよい、と書かれています。どれだけヘッドルームがあるかは、インフィニット・ピークホールドの入力メーターとクリップインジケーターで判断します。

2022年6月に最終更新された旧版のガイドには、これとは別に Decay 固有の注意が書かれていました。入力信号が大きく Decay の値が高い(ゼロに近い)場合には内部で📖クリップすることがあるので、Input を下げて内部のヘッドルームを確保せよ、というものです。2025年版ではこの記述が落ち、ヘッドルームの話は上の Input Control の1か所に集約されています。

そして、下げた分をどう取り戻すかまで書かれています。MaxxBass の後段に Waves L1 Ultramaximizer を置くことを推奨する。理由も添えられていて、L1 はブリックウォールのピークリミッターなので、ピークレベルを上げずに RMS レベルを上げられる(=信号のピーク対 RMS 比を下げる)から。特定システム向けのマスタリングやミキシングには理想的な組み合わせだ、というのがマニュアルの記述です(p.12)。

全パラメーター

マニュアルの「Controls」の節(p.4〜6)の記載順に整理しました。この版には Range: と書かれた箇所が6か所あり、内訳は Input/Original Bass/Harmonics(MaxxBass)/Decay/Frequency の5つのコントロールと、出力メーター1つです。HighPass と Monitor Selector は、範囲ではなく選択肢の形で書かれています。範囲も選択肢も書かれていないのは Ratio と Response の2つで、そこだけ「記載なし」としました。推測で埋めていません。

コントロール役割範囲・選択肢
Input入力レベル。ヘッドルーム確保のために使う📖0dB 〜 −∞
Original Bass フェーダー元の信号の低域成分のレベル。グラフでは青い面で表される+12dB 〜 −∞
Harmonics フェーダー(MaxxBass)生成された倍音の、出力ミックス内でのレベル。グラフではオレンジの面で表される+12dB 〜 −∞
HighPass(Filter)生成された倍音から低い周波数を取り除くフィルター(3ポジション)16Hzの6dB/oct / 選択した Frequency での12dB/oct(初期値)/ 同じく24dB/oct
Decay倍音列の後続する各倍音の、レベルにおける漸進的な減衰率−9 〜 −24
Ratio生成された倍音の圧縮。アップワードコンプレッサー記載なし(1:1 で圧縮なし)
Response倍音生成のアタックとリリース(同時制御)記載なし(単位はミリ秒)
FrequencyOriginal Bass と MaxxBass のクロスオーバー周波数。この点より下の周波数には倍音が生成され、上の周波数はそのまま出力へ送られる32Hz 〜 256Hz
Monitor Selectorメーターとモニターの音源を選ぶAudio(合成された出力信号)/MaxxBass(倍音の信号を📖ソロ)/Original Bass(入力から取り除いている元の低域をソロ)
出力メーターMonitor Selector で選んだ信号のレベルを表示。ピーク値はメーターの下、📖クリップは上部の赤いボタンで示され、メーターをクリックすると両方リセットされる−40dBFS 〜 0dBFS

呼び名について一点だけ補足します。2025年版のマニュアルは倍音側のフェーダーを「Harmonics Fader (MaxxBass)」と併記し、Monitor Selector の選択肢も本文で「MaxxBass」と書いています(p.4・p.6)。画面図でも、フェーダー列は左から Input/Original Bass/Maxx Bass、Monitor のボタンは Audio/MaxxBass/Original Bass です。2022年6月に最終更新された旧版では、本文が「Harmonics」、画面写真のラベルが「MaxxBass」と割れていましたが、この版で呼称が揃えられています。

用途別・設定の始点

マスタリングとミキシング

マニュアルの出発点は「デフォルト設定」です(p.7)。そこから Harmonics のフェーダーを少しずつ上げていく。ベースラインを鋭くする目的なら −18 から −8 あたりの値が妥当な場合がある(素材による)とされています(p.9)。マニュアルの言い方は「少し大げさにしてから戻せ。少しで大きく効く」。

次に Frequency で効果の焦点を合わせます。マニュアルの目安は「通常は 50Hz から 90Hz のあいだ」(p.9)。単位が明記されているうえ、Frequency 自体にも「Range: 32 Hz to 256 Hz」(p.6)と書かれているので、読み替えは要りません。ミックスの低音が非常にこもって聴こえるなら Freq は低めでよく、存在感を出したいなら高めを試す、というのが使い分けです。なお2022年6月に最終更新された旧版のガイドは、この目安を2か所に分けて書いていて、しかも第1章が「60 と 100 のあいだ」、第4章が「50 から 90」と数字が食い違い、どちらも単位を書いていませんでした。2025年版で1か所・単位つきに整理されています。

挿す位置についても指定があります。MaxxBass はマスタリングチェーンの先頭に置くことを推奨(p.8)。理由は「そもそもこうであってほしかった低域📖バランスにミックスを戻すため」で、EQ やコンプレッションといった残りのマスタリング処理に入る前に、ミックスを「直して」おくもの、と位置づけられています。

やりすぎの防止線も引かれています。Original Bass を数dB下げながら、その分を MaxxBass の信号で置き換えていく。仕上がりの低音の量は、普段の自分のミックスと同じくらいを目指す。そうしないと、他のどんなプロセッサーとも同じで、効果を使いすぎるリスクがある——というのがマニュアルの表現です(p.7)。

小型スピーカー・設置システム向け

こちらはマニュアルが別立てにしている使い方です。携帯機器・テレビ、あるいはキオスクや商業音響設備のように、小さい(あるいは質の劣る)スピーカーを積んだ製品向けにミックスする場合に、元の低音の大部分を MaxxBass の信号で置き換えてしまう手順が p.11〜12 に書かれています。マニュアルはこうした設備を「スピーカーの都合で低域応答が限られていて、物理的に強い低音を出せないシステム」と説明しています。

まず、そのシステムの📖カットオフを実測で見つけます。Monitor を Original Bass にして、200Hz から Frequency を下げていき、スピーカーから何も聴こえなくなったところで少しだけ戻す。それから Monitor を Audio に戻します(p.12)。目安として挙げられている数値がこちらです(p.11)。

スピーカーの種類おおよその周波数
ラップトップコンピューター200Hz
マルチメディアスピーカー(3インチ)110Hz
テレビのスピーカー90Hz
📖AMラジオ80Hz

そのうえで、次の設定を起点にします。Original Bass のフェーダーを下げて低音の大部分を取り除く(p.11)/MaxxBass の信号を 0.0 に置く/HighPass を第3ポジション(24dB/oct)にする/Ratio を 2:1 にする(p.12)。減衰の設定は「いる空間と自分の好みに合わせて決める」、Response は素材の中身と部屋の響き・広さに応じて調整する、と書かれています(p.11。なおこの一文だけ綴りが Delay になっていますが、Harmonics パネルにあるコントロールは Filter と Decay の2つです)。

2022年6月に最終更新された旧版のガイドとは、この手順の書き方が3か所変わっています。ひとつは1行目で、旧版は「Original Bass のレベルを最小(📖ミュート)まで下げる」と言い切っていましたが、2025年版は「低音の大部分を取り除くところまで下げる」という緩めた表現になりました。ふたつめは Ratio の値です。旧版は第1章の同じ手順で Ratio を「2:2」と書いており、第5章の「2:1」と食い違っていましたが、2025年版は p.11・p.12 のどちらも「2:1」で揃っていて、この食い違いは解消しています。みっつめは仕上げの指示で、旧版は「Frequency と Ratio で最も滑らかな低音を探し、Decay は暖かい音になるよう −10 のようにゼロへ近づける」と数値例つきで書いていましたが、2025年版はこの例を落としています。

また、旧版のガイドは結果として何が起きるかを一文で明示していました。小さなスピーカーが、再生しきれない低い周波数で無理をしなくなるため、全体としてより大きな音量が得られる——低音が増えるだけでなく、音量の天井が上がるという副次効果です。2025年版はこの一文を落とし、代わりに後段の L1 を使えば小型スピーカーへ送るレベルをさらに上げられる、という書き方をしています(p.12)。

ファクトリープリセット

マニュアルの「Presets」の節(p.13)は📖プリセットを3つのグループに分けて説明しています。挙げられている項目は延べ10ですが、Ultralow Extender が Mastering と Effects の両方に載っているため、実体は9種類です。マニュアル自身が「これらは出発点であって、実際の解決策ではない。素材ごとに調整すること」と断っており、しかも「ファクトリープリセットのいくつか(some)を挙げる」という書き方なので、この10項目が搭載プリセットの全部というわけではありません。

グループマニュアルが説明しているプリセット
Mastering setupsUltralow Extender/Light/Medium/📖Aggressive
Small speaker setupsMultimedia/📖PC Laptop/BoomBaxx/Lo-fi System Enhancer
EffectsDies Bassum/Ultralow Extender

中身を拾うと、Ultralow Extender は低音の深さとレンジを大きく増やしたいときだけのもので、HighPass が Wideband モードなので出力に非常に低い周波数が大量に含まれます。Light は Harmonics を少量、軽い圧縮、中程度の Decay で、マスタリングの第一歩として優れている。Medium は Light を基にして圧縮を少し増やし Decay の値を上げたもの。Aggressive はほぼ Harmonics の信号で構成され、強い圧縮とリッチなスペクトラムを与える Decay、そして速い Response。

小型スピーカー側では、Multimedia は📖サブウーファーを持たない小型スピーカー(多くの 📖PC に付属する3〜4インチのもの)用で、Original Bass が完全にオフ。📖PC Laptop はノートパソコンの非常に小さい(1.5インチの)スピーカーで再生するシステム音を作るためのもの。BoomBaxx は小〜中型のポータブル音楽プレーヤーでの再生を良くするためのもの。Lo-fi System Enhancer は安価な📖ステレオ・商業音響設備・キオスクのような中型・中域寄りのシステム用で、こちらも Original Bass が完全にオフ、Frequency は Multimedia の初期値より低く設定されています。

この一覧は2022年6月に最終更新された旧版のガイドから2点変わっています。ひとつは Mastering setups にあった「Hi-fi system enhancer」が2025年版には出てこないこと(旧版は同グループを Light/Medium/Aggressive/Ultralow Extender/Hi-fi system enhancer の5つとして箇条書きにしており、延べ11・実体10でした)。もうひとつは BoomBaxx の説明で、旧版は「小〜中型のポータブル CD/カセットプレーヤー用」と書いていたのが、2025年版では「ポータブル音楽プレーヤー」に置き換わっていることです。

カホ

Dies Bassum というプリセットの説明だけ、マニュアルの調子が変わります。友人を楽しませるか、小動物を怖がらせるか、クラブでサブを鳴らす📖リミックスを作るため——それ以外に使うな、と。Caveat emptor(買い手の危険負担で)という擬似🎵ラテン語まで添えてあります(名前の Dies Bassum 自体が「低音の日」という擬似ラテン語だそうです)。

似た製品との使い分け

マニュアルが名前を出して関係を説明している Waves 製品は、L1 Ultramaximizer です(p.12)。関係は競合ではなく直列で、MaxxBass の後段に置くことが推奨されています。Input を下げてヘッドルームを作った分のレベルを取り戻すため、というのが目的です。L1 はピークレベルを上げずに RMS レベルを上げる(=ピーク対 RMS 比を下げる)ブリックウォールの📖リミッターなので、この用途に合う、という説明になっています。

もう一つの比較対象は、製品ではなく処理の種類です。EQ とマルチバンドコンプレッション。マニュアルは「EQ やマルチバンドコンプレッションと違い、MaxxBass はトランスデューサーの限界や聴覚の感度の影響を受けにくい倍音を足すことで、低音をよく知覚できるようにする」と書いています(p.8)。上で見たとおり、スペクトラムの不均衡そのものが問題なら EQ、低音の存在感が問題なら MaxxBass、という切り分けです。

なお、Waves には低域を扱う製品が他にもありますが、全13ページを数えてプラグイン名として出てくる Waves 製品は L1-Ultramaximizer の1つ(p.12)だけでした。「Waves」という語の出現じたいは全13ページで2か所で、もう1か所は p.13 の「Waves のファクトリープリセットとアーティストプリセット」という紹介文です。同じ p.13 に出てくる WaveSystem ツールバーとそのガイドも、プリセットの保存・読み込みの仕組みであってプラグインではありません。この記事は一次資料をマニュアルに置いているため、裏の取れない製品間比較には踏み込みません。

よくある質問

鳴っていない低音が本当に聴こえるようになるのですか?

マニュアルの説明はこうです。MaxxBass はスピーカーが扱える周波数だけを通し、基音を計算して、スピーカーの再生範囲より下にある元の低音を一部そぎ落とし、その基音の倍音を足す。人の聴覚は最低域よりも中高域に対して感度が高いので、脳はその倍音を処理して「失われた基音」を知覚する(p.3)。マニュアルはこれを「『失われた基音』の心理音響的な錯覚」と呼んでいます(p.7)。その結果として、スピーカーの物理的な限界より約2オクターブ下まで知覚上の周波数レンジを拡張できる、というのがマニュアル上の主張です。なおこの数字はWaves Japan 公式製品ページの表記(最大1.5オクターブ)と一致していません。詳しくは「MaxxBassとは」の節を参照してください。

2022年6月に最終更新された旧版のガイドは、ここをベースギターの例で説明していました。小さなスピーカーからベースギターが聴こえていても、聴いているのは基音ではない。しかし倍音は確かに出ていて、耳がその倍音を解釈して頭の中で「失われた基音」を作り出す——これはよく知られた心理音響の現象であり、MaxxBass はその現象を最大限まで押し上げて制御できるようにしたものだ。2025年版はこの楽器の例と「よく知られた心理音響の現象」という言い回しを落とし、信号処理の手順として書き直しています。原理そのものは同じです。

HighPass はどのポジションを選べばよいですか?

マニュアルはマスタリングには中央(12dB/oct・初期値)を推奨しています。p.5 は中央を「ほとんどのマスタリング状況に理想的」とし、p.9 も「まず中央のフィルター設定(12dB/oct)から始めることを勧める。良いミックスを邪魔せずに十分な倍音が得られる」と書いています。第1ポジション(Wideband・16Hz の 6dB/oct)は低域を極端に伸ばしたい特殊効果向け、第3ポジション(24dB/oct)は特定の小型スピーカー向けにミックスするときの出発点、という整理です。

Ratio を上げると何に気をつければよいですか?

アップワードコンプレッサーなので、レシオを上げると倍音のレベルが上がります。マニュアルは、レシオを上げた場合はたいてい Harmonics のレベルフェーダーを下げる必要がある、と明記しています(p.6)。上げっぱなしにすると倍音の量が過剰になる、ということです。なお、この圧縮は倍音にだけかかり、Original Bass にはかかりません(p.10)。

出力のピークが上がりすぎる場合は?

マニュアルの対処は一貫していて、Input のレベルを下げるです。MaxxBass の処理はピーク値の大幅な増加を生むことがあるので、入力レベルが高いときは Input を 6dB 程度下げてヘッドルームを作る(p.9)。減った分のレベルは、後段に L1 Ultramaximizer を置いて取り戻す(p.12)、というのがマニュアルの提案です。2022年6月に最終更新された旧版のガイドは、これに加えて「入力が大きく Decay の値が高いと内部でクリップすることがある」という Decay 固有の注意を書いていましたが、2025年版では落ちています。

まとめ

  • MaxxBass は低域をブーストするのではなく、倍音を生成して「失われた基音」を知覚させる製品。低音のスペクトラムそのものが不均衡なら EQ の仕事だとマニュアル自身が書いている。
  • 倍音スペクトラムは HighPass が下端、Decay が上端を受け持つ。マスタリングでは HighPass は中央(12dB/oct)が推奨。
  • ピーク値が大きく増えることが前提の設計。Input を下げてヘッドルームを作り、後段の L1 でレベルを戻すのがマニュアルの想定する使い方。
カホ

足すのは低音ではなく倍音。ここを取り違えなければ、設定の順番は自然に決まります。下端をHighPassで、上端をDecayで、量をフェーダーで。

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