この記事では、Waves CLA Vocals の6本のフェーダーが実際に何を切り替えているのかを、公式ユーザーガイドの記載に沿って整理します。18種類ある「Color」の正式名称と各セクションの初期値、フェーダーを0にしたままでも処理が残るという仕様、そして触る順序をどう決めるかまでを扱います。
CLA Vocals は Waves Artist Signature Series の一本で、ミキシングエンジニアの Chris Lord-Alge との共同開発によるボーカル用プロセッサーです。ボーカル処理に必要な6系統――低域、高域、コンプレッション、リバーブ、ディレイ、ピッチ(コーラス/ダブリング)――が、それぞれ1本のフェーダーと3種類のキャラクターに畳み込まれています。CLA シリーズ全体(Vocals・Guitars・Bass・Drums・Unplugged・Effects の6本)の概要と使用場面は、入門側の記事 【Wavesプラグイン】「CLAシリーズ」の概要と使用場面、使い方を解説 で扱っています。まずシリーズの全体像から知りたい方はそちらを先にどうぞ。
つまみが少ない製品は「簡単な製品」と読まれがちですが、CLA Vocals の設計はむしろ逆で、判断の大半が製品側ですでに終わっています。何が固定されていて、何がこちらに残されているのか。その境界線を知らないままフェーダーを動かすと、思った方向に音が動きません。
範囲・初期値はすべて公式ユーザーガイドの記載で、編集部の実測値ではありません。この資料には2つの版があり、この記事では版を書き分けています。①Waves が現在配布している版(全13ページ。PDF の作成日は2021年4月)。以下ではこれを「現行ガイド」と呼びます。②製品に同梱されている版(全18ページ。作成日は2010年3月)。以下ではこれを「2010年版」と呼びます。本文の範囲・初期値は現行ガイドを基準にしました。ただしこの2版は、コントロールの範囲・初期値・Color の名称と初期値・コンポーネント構成が全項目で一致しており、増えたコントロールも消えたコントロールもありません。実質的に変わったのは、クイックスタート末尾の1行が現行版で削除されたことと、旧版の第4章(WaveSystem の解説)が別冊ガイドへの案内4行に置き換わったことの2点だけです(18ページ→13ページの差はここから出ています)。2010年版にしかない記述は消さずに、「2010年版ガイドでは」と年を添えて残しました。姉妹製品の CLA Drums も同じ2021年4月の改訂で、削除された1行まで同一です。編集部はこの製品を所有していないため、使用感・音の印象の描写はしません。
カホフェーダーが6本しかない製品ほど、何が固定されているかを把握しないと手が止まります。CLA Vocals は特にそうです。
この記事でわかること
- 6本のフェーダー(Bass/Treble/Compress/Reverb/Delay/Pitch)がそれぞれ担当する範囲
- 18種類の Color の正式名称と、各セクションの初期値
- 全 Color を Clear にしても Chris が設計した固定処理が残る、という仕様の意味
- Sensitivity を最初に合わせる理由と、Sensitivity LED の4状態の読み方
CLA Vocalsとは|何を解決する製品か
Waves Artist Signature Series は、世界のトップ・プロデューサー、エンジニア、ミキシングエンジニアとの共同で作られた用途特化型プロセッサーのラインです。公式ガイドの説明では、各製品はそのアーティスト固有のサウンドと制作スタイルを捉えるように精密に作られており、狙いは「創作の流れを止めずに、探している音を素早く出す」こと。CLA Artist Collection は、それぞれが特定のミックス作業を担当する6製品(CLA Vocals、CLA Drums、CLA Bass、CLA Guitars、CLA Unplugged、CLA Effects)で構成され、ボーカルを担当するのが CLA Vocals です。構成は改定されることがあるため、現在の内容は公式ページで確認してください。
この製品が解決するのは「ボーカルのチェーンを一から組む時間」です。ガイドに収録された Chris 本人の言葉では、曲でもっとも重要な部分はボーカルであり、自分が日常のミックスで使っている最良の設定をこのチェーンに仕立てた、とされています。用意されているのは、必要となるトップ6のエフェクト――bass、treble、compression、reverb、delay、chorusing/doubling――のそれぞれに3つのフレーバー。6×3で18種類、というのがこの製品の全体像です。コンポーネントは Mono-to-Stereo(モノ入力→ステレオ出力)と Stereo(ステレオ入力→ステレオ出力)の2つで、モノ→モノの構成はありません。



全部の Color を Clear にしても、音は変わったままです。バイパスではありません。ここは誤解されやすい。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
Color はプリセットではなく内部特性の切り替え
各フェーダーは、コンプレッションやリバーブといった特定の機能を受け持ちます。そして機能ごとに色分けされたセレクターが付いている。このセレクターが切り替えているのは、その機能の内部特性であり、結果として異なるサウンドキャラクター、すなわち「Color」になる――というのが現行ガイド p.4 の説明です。
押さえておきたいのは、Color がフェーダーごとに独立していることです。現行ガイド p.4 は「異なるフェーダーをまたいで Color を自由に組み合わせられる」と明記しています。Bass は Sub、Compress は Wall、Reverb は Chamber といった混成は正規の使い方であって、プリセットを崩す行為ではありません。プリセット切り替えではなく、6つの独立したセレクターがある、と理解するのが正確です。
Clear にしても素通りにはならない
この製品でもっとも誤読されやすい仕様です。現行ガイド p.6 の「Please note」は3点を明記しています。
- すべての Color を Clear(Bypass/Mute)にしても、Chris が設計した固定処理は動いたまま残る
- EQ はフェーダーを動かして初めて効く。0のまま EQ の Color を切り替えても何も起きない
- EQ 以外のフェーダーは、0の位置が Chris のデフォルトセットアップであって、無効という意味ではない
つまり CLA Vocals の基準点は「素通り」ではなく「Chris の初期状態」です。フェーダーを0に戻す操作は、無処理に戻す操作ではない。挿して Sensitivity を合わせた時点の音が、すでにこの製品の主張そのものになっています。だから効果の判定にプラグイン内のフェーダーを使うと誤ります。A/B は DAW 側のバイパスで行うべきものです。
Clear の表記がセクションで分かれている点も、この構造を裏づけます。Bass・Treble・Compress は Clear(Bypass)、Reverb・Delay・Pitch は Clear(Mute)。空間系の3つは原音に加算されるウェット成分なので切れば消え、EQ とコンプは信号経路そのものに入っているので切るのは迂回になる、という区別です。
Sensitivity は音量調整ではなく動作点の設定
Input Sensitivity は ±10(0.1刻み・初期値0)。現行ガイド p.4 は、プラグインを開いたらすぐ、曲の中でもっともピークが高い区間を使って合わせることを推奨しています。手順は、LED が点くまで Sensitivity を上げていく形。判断材料になるのが Sensitivity LED の4状態で、消灯が低すぎ、緑が良好、黄が最適、赤がかなり熱いを示します。ただしガイドは同時に、素材によっては LED が最適(黄)を示さなくても良い結果になり得るとも書いています。最後は耳で判断する、と。
Sensitivity が動作点を決めるということは、同じフェーダー位置でも入力レベルが違えば結果が変わるということです。フェーダーに触る前にここを合わせる理由はそこにあります。順序を逆にすると、Compress の効き方が毎回変わって基準が作れません。
Delay はセッションの BPM に同期する
Delay Color は質感だけの切り替えではなく、ディレイタイムそのものを切り替えます。Green が Slap で16分音符、Blue が Eight で8分音符、Red が Quarter で4分音符。そして現行ガイド p.11 は「ディレイタイムはセッションの BPM に同期する」と明記しています。つまりミリ秒で追い込むタイプの製品ではなく、曲のテンポに対する音符単位で決める設計です。テンポの違う曲へ設定を持ち込んでも自動的にその曲の音符に合う一方、BPM から外した長さを狙うことはできません。
出力段は自分で守る
入力・出力ともメーターは −26〜0dBFS の範囲を表示し、0dBFS を超えると Clip LED が点灯します(メーター内をクリックでリセット)。Output も他と同じ ±10(0.1刻み・初期値0)です(現行ガイド p.8・p.12・p.13)。
ここで版の断りをひとつ。2010年版ガイドは、クイックスタートの末尾に「出力メーターが赤に入ったら、Output フェーダーで出力レベルを下げる」という1行を置いていました。この1行は現行ガイド(2021年版)では削除されています——クイックスタートは注意書き3項目で終わり、Output に触れる行がありません。Output フェーダー自体は現行ガイド p.12 に残っているので、対処の方向が変わったわけではなく、消えたのはそれを公式の手順として書いた1行のほうです。この見出しを「出力段は自分で守る」としているのは、まさにそこが理由になります。
全パラメーター
現行ガイド(2021年版・全13ページ)の p.8〜13 に記載された範囲と初期値です。2010年版とは全項目が一致しているので、どちらの資料を見ていても数字は合います。CLA Vocals のコントロールはこれで全部で、レシオやアタックタイムのような個別パラメーターは表に出ていません。
| コントロール | 範囲 | 初期値 | 役割 |
|---|---|---|---|
| Input Sensitivity | ±10(0.1刻み) | 0 | 入力レベルを最適な動作点に合わせる |
| Sensitivity LED | 消灯/緑/黄/赤 | — | 消灯=低すぎ、緑=良好、黄=最適、赤=かなり熱い |
| Input Meter | −26 〜 0dBFS | — | 入力ピーク表示。0dBFS超で Clip LED 点灯(クリックでリセット) |
| Balance | ±6dB(0.1刻み) | 0 | 左右信号のオフセット。Stereo コンポーネントのみ |
| Bass | ±10(0.1刻み) | 0 | 低域のゲイン |
| Bass Color | Clear(Bypass)/Green(Sub)/Blue(Lower)/Red(Upper) | Green(Sub) | 低域フィルターの切替 |
| Treble | ±10(0.1刻み) | 0 | 高域のゲイン |
| Treble Color | Clear(Bypass)/Green(Bite)/Blue(Top)/Red(Roof) | Green(Bite) | 高域フィルターの切替 |
| Compress | ±10(0.1刻み) | 0 | ダイナミックレンジの制御 |
| Compress Color | Clear(Bypass)/Green(Push)/Blue(Spank)/Red(Wall) | Green(Push) | コンプレッションのキャラクター切替 |
| Reverb | ±10(0.1刻み) | 0 | リバーブのウェット量 |
| Reverb Color | Clear(Mute)/Green(Tight)/Blue(Large)/Red(Chamber) | Green(Tight) | リバーブ環境の切替 |
| Delay | ±10(0.1刻み) | 0 | ディレイのウェット量 |
| Delay Color | Clear(Mute)/Green(Slap=16分音符)/Blue(Eight=8分音符)/Red(Quarter=4分音符) | Green(Slap) | ディレイタイムとキャラクターの切替。セッションBPMに同期 |
| Pitch | ±10(0.1刻み) | 0 | ピッチモジュレーションのウェット量 |
| Pitch Color | Clear(Mute)/Green(Stereo)/Blue(Wide)/Red(Spreader) | Green(Stereo) | ピッチモジュレーションの種類の切替 |
| Output | ±10(0.1刻み) | 0 | 出力レベル |
| Output Meter | −26 〜 0dBFS | — | 出力ピーク表示。0dBFS超で Clip LED 点灯(クリックでリセット) |
フェーダーの単位が dB や ms ではなく、すべて ±10 の無次元スケールで統一されている点に注意してください。「数値で合わせる製品ではない」という設計の表明でもあります。Balance だけが例外的に ±6dB という実単位を持っています。
用途別・設定の始点
現行ガイド(2021年版)のクイックスタートが示している順序が、そのまま設定の始点になります。現行の手順は6までで、7行目は2010年版ガイドにだけ載っていた1行です。
| 順 | 操作 | その段階で決まること |
|---|---|---|
| 1 | ボーカルトラックに CLA Vocals を挿す | — |
| 2 | Sensitivity LED と入力メーターを見ながら Sensitivity を合わせる | プロセッサーの動作点。以降のすべての効き方の前提 |
| 3 | この時点の設定=Chris のデフォルトセットアップとして確認する | 基準の音。ここが「無処理」ではないことを把握する |
| 4 | Bass と Treble を動かし、Color を一巡して曲に合う EQ を探す | EQ はフェーダーを動かさないと Color が効かない |
| 5 | Compress でダイナミクスを整え、Color を一巡する | Push/Spank/Wall のどれが曲に合うか |
| 6 | Reverb・Delay・Pitch の量を決め、それぞれ Color を一巡する | 空間系3系統の質感 |
| 7 (2010年版のみ) | 出力メーターが赤に入るなら Output で下げる | クリップ回避。2010年版ガイドの記載で、現行の2021年版では削除 |
この手順で一貫しているのは「Color を一巡してから決める」という動き方です。現行ガイド p.6 は Bass/Treble、Compress、空間系のいずれについても、曲に対していちばん機能するものを見つけるために Color をトグルして回れ、と書いています。数値を追い込む製品ではなく、3つの候補を聴いて選ぶ製品として設計されている、ということです。
もうひとつ、手順4に埋まっている非対称に注意してください。EQ 系(Bass/Treble)だけは、フェーダーが0のままだと Color を切り替えても変化がありません。他のフェーダーは0の位置でもすでに Chris の設定として動いているので、この2つだけ挙動が違います。



「EQ の Color を切り替えても違いが分からない」という相談は、たいていフェーダーが0のままです。仕様どおりの無反応で、耳の問題ではありません。
似た製品との使い分け
汎用チャンネルストリップとの違い
AudioTrack のような汎用チャンネルストリップは、各段のパラメーターを自分で決める前提の製品です。どの帯域をどれだけ、どのレシオで、というすべての判断がこちら側に残されています。CLA Vocals はその判断が済んでいる側にあり、残されているのは「量」と「3つのキャラクターのどれか」の2つだけ。素早く決めたい場面や判断の基準そのものを借りたい場面では CLA Vocals が速く、狙った数値へ追い込みたい場面では汎用ストリップが向きます。優劣ではなく、どこまで自分で決めたいかの分岐です。
単体コンプレッサーとの違い
CLA Vocals の Compress は、量(±10)とキャラクター(Push/Spank/Wall)を選ぶ形になっており、レシオやアタックタイムを直接触るコントロールは用意されていません。公式ガイドに列挙されているコントロールは、この記事の表がすべてです。アタックやリリースを自分で決めたい、あるいは特定の機種の効き方を狙いたい場合は単体コンプレッサーの領域になります。当サイトでは C1 Compressor、Renaissance Compressor、H-Comp を個別に扱っています。考え方そのものは コンプの基礎 にまとめてあります。
よくある質問
フェーダーを全部0にすれば無処理になる?
なりません。EQ 以外のフェーダーは0の位置が Chris のデフォルトセットアップであって、無効という意味ではありません。さらに、すべての Color を Clear にした状態でも、Chris が設計した固定処理は動いたままです。無処理と比較したいなら、DAW 側でプラグインをバイパスしてください。
EQ の Color を切り替えても音が変わらない
仕様です。EQ の調整はフェーダーを動かして初めて効きます。Bass または Treble のフェーダーを0から動かしたうえで Color を比較してください。
ディレイタイムをミリ秒で指定したい
できません。Delay Color が Slap(16分音符)、Eight(8分音符)、Quarter(4分音符)の3択で、ディレイタイムはセッションの BPM に同期します。ミリ秒での指定が要る場面では、別のディレイを併用することになります。
Balance フェーダーが見当たらない
Balance は Stereo コンポーネントにのみ存在します。モノラルのボーカルに挿しているなら Mono-to-Stereo コンポーネントのはずで、そちらには Balance がありません。
まとめ
- 6系統を各1本のフェーダーと3種類の Color に畳んだ、Chris Lord-Alge 監修のボーカル用チェーン。Color はフェーダーをまたいで自由に組み合わせられる。
- フェーダー0は無処理ではなく Chris のデフォルト。全 Color を Clear にしても固定処理は残る。EQ だけはフェーダーを動かすまで Color が効かないという非対称がある。
- 触る順序は公式クイックスタートどおり、Sensitivity で動作点を決めてから EQ、コンプ、空間系へ。Color は数値で追い込むのではなく3つを一巡して選ぶ。



この製品で最初にやることは、フェーダーを動かすことではなく Sensitivity を合わせることです。そこさえ決まれば、あとは18色から選ぶだけの作業になります。
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