この記事では、Waves MV360 が「なぜ2つのコンプレッサーを反対向きに積んでいるのか」を、公式ユーザーガイドと公式の技術仕様だけで分解します。しきい値より下を持ち上げるローレベル・コンプレッションの位置づけ、Link Mode の正体がサイドチェインのグループ分けであること、LFE をわざわざ別グループに切り出す理由、そして 5.0 側の記述が英語版・日本語版の両方で崩れていることまでを扱います。
先に前提を2つ。ひとつ目、MV360 は単体で売られていません。公式製品ページの購入オプションはバンドル収録のみで、単体価格の表示がありません。日本語の公式サイト(wavesjapan.jp)にも MV360 の製品ページは存在せず、確認した2026年9月5日時点で 404 が返りました。手に入れる形はバンドルまたはサブスクリプション経由です。ふたつ目、これはサラウンド専用です。コンポーネントは「MV360 5.0 to 5.0」と「MV360 5.1 to 5.1」の2つで、モノやステレオのコンポーネントはありません。
以下の範囲はすべて公式ユーザーガイドの記載、レイテンシーは公式製品ページの技術仕様の記載で、編集部の実測値ではありません。本稿は公式製品ページの manualPDF が指す英語版ガイド(全14ページ・作成2008年9月11日)と、同梱の日本語版ガイド(全17ページ・作成2008年12月8日)の両方を読んでいます。この2冊は、同じ箇所で違うことを書いている場所があります。該当箇所はその都度、両方の記載を並べます。
この記事でわかること
- ローレベルとハイレベル、2つのしきい値の範囲が重ならないように設計されていること
- Link Mode が変えているのはUIではなく、ダイナミクス検出のサイドチェインのグループ
- LFE を別グループに切り出す理由と、LoAir・UM226 の LFE の扱いとの共通点
- 5.0 側のサイドチェイン数の記述が、英語版・日本語版の両方で内部整合していないこと
MV360とは|何を解決する製品か
ガイドの製品概要は2文です。「MV360 は、5.0 および 5.1 サラウンドサウンドのアプリケーション向けのデュアル機能ダイナミクスプロセッサーである。ローレベルとハイレベルのコンプレッションを、6つのディスクリートチャンネルぶん提供する」(英語版 p.3 / 日本語版 p.7)。
「ディスクリート」という言葉が効いています。6本ぶん別々に処理系を持ったうえで、どれとどれを連動させるかを Link Mode で決める、という構造です。この構造が必要になる理由は、付録Aの冒頭にはっきり書かれています。
「ステレオミックスにダイナミクスを適用するとき、左右のチャンネルに同一のゲインのアッテネーション/ブーストを適用することで、ステレオイメージが保たれる。これがリンクされたダイナミクス処理として知られているものだ。ダイナミクス検出器は L+R のリンクされたサイドチェインで動作し、左右両方に同じゲイン変化を適用して、相対レベルと意図したステレオイメージを保つ」(英語版 p.12 / 日本語版 p.15)。そして続けて——「サラウンドでは、サウンドステージのイメージングについて異なる考え方が存在する」。
ステレオなら「2本まとめて」で正解が決まります。サラウンドでは、前3本と後2本と LFE を全部まとめて動かすのが正しいとは限らない。この製品が解決しているのはその正解が1つに決まらない、という問題で、答えとして用意されたのが9つの Link Mode です。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
ローレベル・コンプレッションは「しきい値の下」を持ち上げる
ガイドの定義はこうです。「ローレベル・コンプレッションは、簡単に言えば標準的な(=ハイレベルの)コンプレッションの逆として説明できる。標準的なコンプレッションの設定では、設定したしきい値を超えたすべての信号が圧縮され、減衰される。MV360 のローレベル・コンプレッション機能では、設定したしきい値を下回ったすべての信号が上向きに圧縮され、結果としてゲインが増える。こうしてダイナミックレンジが圧縮され、低いレベルは押し上げられ、高いレベルはそのまま残る」(英語版 p.3 / 日本語版 p.7)。
ここで、本稿が読んだ2つの版のうち、同梱の日本語版にだけある親切な補足があります。コントロールの節で、日本語版は Low Level に「(下から上へ)」、High Level に「(上から下へ)」という向きの注記を付けています(日本語版 p.12)。英語版 p.9 の対応箇所にこの注記はありません(なお、同じ概念を扱う MV2 の英語版ガイド p.8 には「(From bottom up)」「(Top down)」という同趣旨の注記があります)。動く向きを間違えやすいコントロールなので、日本語版のほうが読みやすい箇所です。
そして、この2つのしきい値の範囲を並べると、設計がはっきりします。
| コントロール | 範囲(両版とも同じ) | かかる側 |
|---|---|---|
| Low Threshold | −36 〜 −72 dBFS | このしきい値を下回る信号(上向きに圧縮) |
| High Threshold | 0 〜 −30 dBFS | このしきい値を超える信号(下向きに圧縮) |
この2つの範囲は重なりません。ハイレベル側が下げられるのは −30 dBFS まで、ローレベル側が上げられるのは −36 dBFS まで。あいだの 6 dB には、どちらのしきい値も置けません。結果として、ローレベル側のしきい値がハイレベル側を上回ることは起こりえない構造になっています。上向きの圧縮と下向きの圧縮が同じレベルを取り合わない、という保証が範囲の設計だけで作られている、と読めます。



範囲を2つ並べて引き算すると、設計者が何を禁止したかったのかが見えることがあります。ここは「両方の圧縮が同時に同じ信号を奪い合う状態」を、つまみの可動域そのもので作れないようにしてあります。
ハイレベル側は「R-Vox 型」だとガイドが名指ししている
ハイレベル側の説明には、他社製品ではなく自社製品の名前が出てきます。「MV360 のハイレベル・コンプレッション機能は、自動メイクアップゲインと出力レベルコントロールを備えたコンプレッションで構成される。このコンプレッサー機能は Waves Renaissance Vox のそれに似ている。コンプレッサーは Threshold フェーダーで制御され、これが望むダイナミックレンジ圧縮の量を設定する。自動ゲインメイクアップ機能が、適用された圧縮によるゲインリダクションを補正する」(英語版 p.4 / 日本語版 p.7)。
Renaissance Vox の現行ユーザーガイド(全7ページ)を読むと、この「似ている」が何を指しているかが分かります。R-Vox の Compression コントロールは「1本のフェーダーに、伝統的なしきい値とレシオのコントロールを統合したもの」と定義され、Gain コントロールは「出力のシーリング=リミッターが許す最大レベルを決める」もので、「高いゲイン設定では、メイクアップゲインが Compression 設定を変えても出力レベルを比較的一定に保つ」と書かれています。1本のフェーダーで圧縮量を決め、後段が自動で辻褄を合わせる——この形が共通点です。
ただし、しきい値より下の扱いは正反対です。R-Vox が持っているのは Gate で、「入力信号が設定したゲートしきい値を下回ると、ダウンワード・エクスパンションが始まる」(Renaissance Vox User Guide p.6)。下回った信号をさらに小さくする方向です。MV360 のローレベル・コンプレッションは、同じ「下回った信号」を持ち上げます。同じ会社の同系統のコンプレッサーが、しきい値の下でまったく逆のことをしている。使い分けの分岐点はここにあります。
メイクアップ側のつまみも、上下で鏡像になっています。Low Volume は「圧縮されたローレベル信号に適用されるメイクアップゲインの量をコントロールする」で範囲 0 〜 +30 dB、High Volume は「圧縮されたハイレベル信号に適用される自動ゲイン補正の量をトリムする」で範囲 0 〜 −30 dBFS(英語版 p.9)。片方は 0 が下端で足す方向にしか動かず、もう片方は 0 が上端で引く方向にしか動きません。持ち上げた側は足すだけ、抑えた側は引くだけ。自動補正がやりすぎたときに戻す、という役割分担が範囲に出ています。
なお、High Volume の単位が dBFS と書かれている点は、両版で共通しています。トリム量(相対値)にフルスケール基準の単位が付いているので、表記としては噛み合っていません。範囲の幅(30 dB)と向き(0 から下)は明確なので、実用上は困りませんが、数値をそのまま「絶対レベル」と読むと合わなくなります。
Link Mode の正体は、サイドチェインのグループ分け
Link Mode Selector の定義はこうです。「各 Link Mode は、どのチャンネルがリンクされるかを、インターフェイスのコントロールにおいても、ダイナミクス検出のサイドチェインと圧縮においても決める」(英語版 p.11 / 日本語版 p.14)。つまり見た目のグルーピングだけでなく、検出器そのものの構成が変わります。同じページには、Link Mode を選ぶとローレベル/ハイレベル双方のしきい値とゲインのコントロールの色が変わり、それがチャンネルごとのリンク状態の表示になる、とも書かれています。
用意されているモードは、ガイドが「9つ」と自分で数えています(英語版 p.4・p.12 / 日本語版 p.8・p.15)。内訳は 5.1 コンポーネントの5つと 5.0 コンポーネントの4つです。
| コンポーネント | Link Mode | サイドチェインの構成(ガイドの記載) | ガイドが挙げる用途 |
|---|---|---|---|
| 5.1 | All Linked | 全チャンネルがリンク | 均一なアッテネーション/ブーストで、5本のメインチャンネルと LFE のバランスを維持する |
| 5.1 | 5 Linked | LFE | 指向性のあるメイン5chと、無指向性の LFE に分割 | サラウンド像は完全に保ちつつ、LFE のピークに連動して指向性チャンネルを上下させない |
| 5.1 | Front | Rear | LFE | ①L・C・R ②Rear L・Rear R ③LFE 専用 | リアのアンビエンスや効果音を、フロントの音楽や台詞と連動させたくないとき |
| 5.1 | Center | Quad | LFE | ①Center(台詞)専用 ②L・R・Ls・Rs ③LFE 専用 | 台詞・サラウンド像全体・LFE のダイナミクスを独立して制御する |
| 5.1 | Center | Front | Rear(LFE はバイパス) | ①Center 専用 ②Front L・R ③Rear L・R / LFE は未処理のまま | サラウンド像に対して最も細かい制御。3台の独立したダイナミクスプロセッサーに近い動き |
| 5.0 | All Linked | 全チャンネルがリンク | 均一なアッテネーション/ブーストでサラウンド像とバランスを保つ |
| 5.0 | Front | Rear | ①L・C・R ②Rear L・Rear R | 5.1 の Front / Rear / LFE と同じ用途の説明 |
| 5.0 | Center | Quad | ①Center(台詞)専用 ②L・R・Ls・Rs | 台詞とサラウンド像全体のダイナミクスを独立して制御する |
| 5.0 | Center | Front | Rear | ①Center 専用 ②Front L・R ③Rear L・R | サラウンド像に対して最も細かい制御 |
グループの数は最大3つで、これは Cut / Boost メーターの本数と一致しています。「3つのメーター(黄・赤・青)のそれぞれが Link グループに対応し、そのグループはメーターの下のテキストボックスに表示される」(英語版 p.11)。メーターの読み方も決まっていて、アッテネーションは上から下へ、ブーストは下から上へ表示され、最大アッテネーション値はメーターの上、最大ゲインはメーターの下に数値で出ます。表示範囲は最大 −30 dB のアッテネーションと +30 dB のブースト。メーターのどこかをクリックすれば数値がリセットされます。
ここで、しきい値とメーターの数字が揃っていることに気づきます。High Threshold の範囲が 0〜−30 dBFS、High Volume が 0〜−30 dBFS、Low Volume が 0〜+30 dB、そしてメーターの表示範囲が ±30 dB。ゲインを扱う目盛りは、いずれも 30 dB で揃っています。例外はローレベル側のしきい値(−36〜−72 dBFS・幅36 dB)ですが、これは「どこから持ち上げ始めるか」を決める側なので、ゲインの量とは別の物差しです。
LFE を別グループに切り出す理由
9つのモードのうち、5.1 側の5つを見ると、LFE の扱いが3段階に分かれています。全部一緒(All Linked)、LFE だけ別グループ(5 Linked | LFE、Front | Rear | LFE、Center | Quad | LFE)、そして LFE は触らない(Center | Front | Rear。ガイドは「LFE チャンネルは未処理のまま残される」と書いています)。
理由は「5 Linked | LFE」の説明に一文で書かれています。「このモードでは、別のサイドチェインが LFE(サブウーファー)チャンネル専用に割り当てられる。サウンドステージは、指向性のある(メインの)5チャンネルの音場と、無指向性の LFE チャンネルに分割される。このモードはサラウンド像を完全に保つが、LFE チャンネルのピークに連動して指向性チャンネルを減衰/ブーストすることはしない」(英語版 p.12 / 日本語版 p.15)。
爆発音で LFE が振り切れたときに、台詞の乗ったセンターまで一緒に引っ張られる——それを避けるための分割です。LFE は「方向を持たない、量だけのチャンネル」なので、指向性チャンネルと同じ検出器で束ねる理由がない、という判断がここにあります。
同じ判断は、Waves のサラウンド系の他製品にも別の形で出ています。LoAir の 5.0-to-5.1 / 5.1-to-5.1 コンポーネントは、ベッドの5chを素通りさせて LFE チャンネルだけに書き込む構造です。ユーザーガイド p.6 のブロック図では、どちらのコンポーネントでも入力側の5本が「5.0 (pass through)」と注記されて右へ抜け、そこから下りたタップが「LFE channel」に合流する形に描かれています。本文側も、出力コントロールは「LFE OUTPUT=LFE の出力レベルをコントロールする(5.0 と 5.1 コンポーネントのみ)」(p.12)、メーターは「OUTPUT METER は LFE の出力レベルを表示する」(p.13)、クリップ表示は「サラウンド・コンポーネントでは、Clip LED は LFE チャンネルのみを示す」(p.13)と、いずれも行き先として LFE を名指ししています。UM226 も、LFE LPF と LFE LoAir を LFE 専用のコントロール群として分け、インターフェイス図に「LFE controls: UM226 only」と脚注を置いています。
3製品とも、やっていることは違います。LoAir はLFE だけに書き込み、UM226 はLFE だけを別の系統で作り、MV360 はLFE だけを別の検出器に切り出す。それでも「6本目は、前の5本とは別に扱う」という結論は共通しています。5.1 のバスをひとかたまりとして扱わない、というのが Waves のサラウンド系に一貫した設計だ、と読める箇所です。
マスターフェーダーは「相対移動」で定義されている
マスター系は6本あり、6本とも同じ言い回しで定義されています。「すべての◯◯フェーダーを、それぞれの現在位置からの相対で、同じ値だけ動かす」(英語版 p.10 / 日本語版 p.13)。対象の切り方が3段階になっていて、High Level Compression Masters が High 側の Threshold と Volume の両方、High Level Threshold Master が High 側のしきい値だけ、High Level Volume Master が High 側のボリュームだけ。Low 側も同じ3本があります。
「相対で動かす」と明記されているのが要点です。チャンネル間・グループ間で付けたオフセットは維持されるので、バランスを取り直さずに全体量だけを動かせます。クイックスタートが最初にマスターを触らせるのも、この性質があるからです。「下側の(シングルアローの)Low Level Master Fader を使って全体のローレベルしきい値を設定する」「上側の(シングルアローの)High Level Master Fader を使って全体のハイレベルしきい値を設定する」(英語版 p.7 / 日本語版 p.10)。
ディザは自動で、切るスイッチが出てこない
用語の節に、コントロールではない項目がひとつ混ざっています。「MV360 は自動的にディザを適用し、これがデジタルの量子化誤差を補正する」(英語版 p.5 / 日本語版 p.9)。ディザのオン/オフは、本稿が参照した2つの版のコントロール一覧には出てきません。英語版の 3.2 Controls に載っているのは Low Threshold・High Threshold・Low Volume・High Volume・High Level Compression On/Off・Low Level Compression On/Off・マスターフェーダー群・Link Mode Selector・Cut / Boost メーターで、ディザはこの一覧の外にあります。
ローレベルを持ち上げる処理は、量子化ノイズも一緒に持ち上げます。上向き圧縮とディザが同じ製品に同居しているのは、その順番で必要になるからだ、と読むのが自然です。
5.0 側の記述は、両方の版で数字が合っていない
付録Aの 5.0 の節には、読むときに気をつけるべき箇所が集まっています。「N個の独立したサイドチェインを使う」という宣言と、その直後の箇条書きの本数が一致しない箇所が、英語版・日本語版の両方にあります。
| 5.0 のモード | 現行英語版(p.13〜14) | 同梱日本語版(p.16〜17) | 箇条書きの実数 |
|---|---|---|---|
| All Linked | 「5本のメインチャンネルと LFE チャンネルのバランスを維持する」 | 「5つのメインチャンネルのサラウンドイメージ、バランスを維持」(LFE の記述なし) | — |
| Front | Rear | 「3つの独立したサイドチェインを使う」 | 「独立した3つのサイドチェーンを使用します」 | 2本 |
| Center | Quad | 「3つの独立したサイドチェインを使う」 | 「独立した2つのサイドチェーンを使用します」 | 2本 |
| Center | Front | Rear | 「3つの独立したサイドチェインを使う」 | 「独立した2つのサイドチェーンを使用します」 | 3本 |
いちばん目を引くのが1行目です。5.0 に LFE チャンネルはありません——同じ Waves の UM225/UM226 のガイドは、5.0 を「3本のフロントスピーカーと2本のリア(サラウンド)スピーカー」、5.1 をそれに「6本目のチャンネル(通常 LFE と呼ばれる)」を足したものと定義しています。それでも現行英語版 p.13 の 5.0 All Linked の説明は「5本のメインチャンネルと LFE チャンネルのバランスを維持する」と書いています。しかも同じ英語版の p.5(概要側の短い説明)では、5.0 の All Linked は「5本のメインチャンネルのバランスを維持する」と、LFE に触れずに書かれています。同じガイドの中で、同じモードの説明が2通りある形です。日本語版 p.16 は LFE に触れておらず、こちらのほうが 5.0 の実態と整合します。
逆に日本語版だけがおかしい箇所もあります。日本語版 p.8 の 5.0 Link モードの一覧は、4つ目を「Center | Front | Rear (LFE:バイパス)」と書いています。5.0 に LFE が無い以上、バイパスするものもありません。同じ日本語版でも p.14 の Link Mode Selector の一覧では括弧書きが外れており、現行英語版 p.5 の 5.0 の一覧にも括弧書きはありません。
モード名の表記も版の中で揺れています。英語版は p.4 と p.13 で「Center | Front | Rear」、p.11 の Link Mode Selector の一覧では「Center | Front LR | Rear」。日本語版も p.8 が「Center | Front | Rear」、p.14 が「Center | Front LR | Rear」で、同じ揺れ方をしています。指しているものは同じで、Front LR という表記のほうが「フロントの左右」という中身を明示しています。
実務的な結論はひとつです。5.0 の節では「N個のサイドチェイン」という宣言の数字を当てにせず、その下の箇条書きを数えてください。箇条書きのほうは、どのモードでも 5.1 側の対応するモードから LFE の行を抜いた形になっており、内容としては筋が通っています。



「3つのサイドチェインを使う」と書いてある下に2つしか並んでいない。こういうときに数字のほうを信じると、存在しない3つ目のグループを探すことになります。宣言と一覧が食い違ったら、一覧を採るのが安全です。
全パラメーター
以下は英語版ガイドの第3章(p.9〜p.11)の記載です。ひとつ断っておくと、このガイドにも初期値は書かれていません。全14ページを3系統(pypdf / pdfminer.six / PyMuPDF)で抽出して検索したところ、「Range:」の行は4つありましたが、default という語は3系統とも0件でした。同梱の日本語版も「初期値」は0件です(「デフォルト」の2件はファクトリープリセットの説明)。
| コントロール | 範囲 | 役割(ガイドの記載) |
|---|---|---|
| Low Threshold | −36 to −72 dBFS | ローレベル・コンプレッションのしきい値。このしきい値を下回る信号に圧縮がかかる |
| High Threshold | 0 to −30 dBFS | ハイレベル・コンプレッションのしきい値。このしきい値を超える信号に圧縮がかかる |
| Low Volume | 0 to +30 dB | 圧縮されたローレベル信号に適用されるメイクアップゲインの量 |
| High Volume | 0 to −30 dBFS | 圧縮されたハイレベル信号に適用される自動ゲイン補正の量をトリムする |
| High Level Compression | On / Off | ハイレベル側の有効/無効 |
| Low Level Compression | On / Off | ローレベル側の有効/無効 |
| High Level Compression Masters | — | High 側の Threshold と Volume のフェーダーを、現在位置からの相対で同じ値だけ動かす |
| High Level Threshold Master | — | High 側の Threshold フェーダーだけを相対で動かす |
| High Level Volume Master | — | High 側の Volume フェーダーだけを相対で動かす |
| Low Level Compression Masters | — | Low 側の Threshold と Volume のフェーダーを相対で動かす |
| Low Level Threshold Master | — | Low 側の Threshold フェーダーだけを相対で動かす |
| Low Level Volume Master | — | Low 側の Volume フェーダーだけを相対で動かす |
| Link Mode Selector | 5.1 は5モード/5.0 は4モード | どのチャンネルをリンクするかを、UI・サイドチェイン・圧縮のすべてについて決める。選択に応じてコントロールの色が変わる |
| Cut(Attenuation)/ Boost メーター | −30 dB 〜 +30 dB | 3つの Link グループごとのカット/ブースト量。アッテネーションは上から下、ブーストは下から上。最大値の数値はクリックでリセット |
レイテンシーはガイド本文に記載が無いため、公式製品ページの技術仕様から引きます(2026年9月5日時点)。
44.1〜96 kHz の4つは、時間に直すと約1.3〜1.5 ミリ秒でほぼ一定です(64 サンプル ÷ 44.1 kHz ≒ 1.45 ms、128 サンプル ÷ 96 kHz ≒ 1.33 ms)。176.4 kHz と 192 kHz の欄は 0 と表記されていますが、これが「遅延ゼロ」なのか「対応外」なのかは、この表からは判断できません。表の記載をそのまま引くにとどめます。
用途別・設定の始点
クイックスタート(英語版 p.7 / 日本語版 p.10)は、触る順番と最初のモードまで指定しています。初期値が書かれていないぶん、これが実質的な始点です。
| 順 | やること | ガイドの言い方 |
|---|---|---|
| 1 | Link を決める | リンクを Front / Rear / LFE に設定する |
| 2 | 左側(Threshold)から始める | 下側のシングルアローの Low Level マスターフェーダーで、全体のローレベルしきい値を設定する |
| 3 | 同じく左側 | 上側のシングルアローの High Level マスターフェーダーで、全体のハイレベルしきい値を設定する |
| 4 | 中央で確認する | 中央のカット/ブーストメーターで、Link グループごとに適用されているゲインのカット/ブースト量をモニターする |
| 5 | 右側(Volume)で整える | Link の色ごとの上側のボリュームフェーダーで、ハイレベル・コンプレッションのメイクアップゲインをトリムする |
| 6 | 同じく右側 | Link の色ごとの下側のボリュームフェーダーで、ローレベル・コンプレッションのメイクアップゲインをトリムする |
注目したいのは1番目です。ガイドは All Linked ではなく Front / Rear / LFE から始めろと書いています。全部束ねた状態を出発点にすると、どのチャンネルが何を引っ張っているのかが見えません。前・後・LFE の3グループに分けておけば、中央のメーター3本が別々に動くので、原因が読めます。「まず分けて、必要なら束ねる」という順番です。
そこから先の Link Mode は、ガイドの用途説明から引けます。
| やりたいこと | Link Mode | 根拠(ガイドの記載) |
|---|---|---|
| サラウンド像を完全に保ったまま、全体を均一に処理する | All Linked | 「均一なアッテネーション/ブーストが適用され、完全なサラウンド像が保たれる」 |
| LFE のピークでフロントが引っ張られるのを止めたい | 5 Linked | LFE | 「サラウンド像は完全に保つが、LFE チャンネルのピークに連動して指向性チャンネルを減衰/ブーストしない」 |
| リアのアンビエンスや効果音を、フロントと連動させたくない | Front | Rear | LFE | 「リアチャンネルのアンビエンスとエフェクトが、フロントチャンネルの音楽や台詞と連動した減衰/ブーストを必要としない状況で有用」 |
| 台詞だけを独立して管理したい | Center | Quad | LFE | 「台詞、サラウンド像全体、LFE チャンネルに対する独立したダイナミクス制御を提供する」 |
| いちばん細かく制御したい/LFE には触りたくない | Center | Front | Rear(LFE はバイパス) | 「サラウンド像に対して最も多くの制御を提供し、その機能は3台の独立したダイナミクスプロセッサーに似ている」「LFE チャンネルは未処理のまま残される」 |
似た製品との使い分け
まず資料の状況から。MV360 の英語版ガイド全14ページを3系統で抽出して検索したところ、Waves の別製品として名前が挙がっているのは Renaissance Vox の1件だけでした(ハイレベル側のコンプレッサーの説明)。以下の比較は、比較先それぞれの公式ユーザーガイドを本稿が別途読んだうえで書いています。
MV2:同じ概念のモノ/ステレオ版
いちばん近いのは MV2 です。公式製品ページの manualPDF が指す MV2 のユーザーガイド(全8ページ)を読むと、ローレベル・コンプレッサーとハイレベル・コンプレッサーの説明文が、製品名を除いて MV360 のガイドと同じ文でした。「標準的なコンプレッションの逆」「しきい値を下回った信号が上向きに圧縮され、結果としてゲインが増える」「低いレベルは押し上げられ、高いレベルはそのまま残る」「コンプレッサー機能は Waves Renaissance Vox のそれに似ている」——いずれも一字一句同じ構成です。ディザの一文(「自動的にディザを適用し、デジタルの量子化誤差を補正する」)も同じでした。
違うのは規模と、目盛りの取り方です。
| MV2 | MV360 | |
|---|---|---|
| コンポーネント | Mono / Stereo | 5.0 to 5.0 / 5.1 to 5.1 |
| Low Level しきい値 | 0 to +48 dBFS | −36 to −72 dBFS |
| High Level しきい値 | 0 to −48 dBFS | 0 to −30 dBFS |
| 出力側 | Output Gain 1本(0 to −48 dBFS) | Low Volume(0 to +30 dB)と High Volume(0 to −30 dBFS)を Link グループごとに |
| Cut / Boost メーター | 1組・最大 −48 dB / +48 dB | 3組(黄・赤・青)・最大 −30 dB / +30 dB |
| Link Mode | ガイドのコントロール一覧に出てこない | 9モード・最大3サイドチェイングループ |
| 単体販売 | あり | なし(バンドル/サブスクリプション収録のみ) |
MV2 のつまみとメーターが 48 dB を単位にしているのに対し、MV360 は 30 dB です(ローレベルしきい値の 36 dB 幅を除く)。チャンネルが増えるぶん、極端な設定を許さない方向に絞ってある、と読めます。なお MV2 の Low Level しきい値の範囲は「0 to +48 dBFS」と正の値で書かれていて、MV360 の「−36 to −72 dBFS」のような絶対レベルの書き方とは表記の流儀が違います。同じ概念を扱う2つのガイドで単位系が揃っていないので、数値をそのまま移し替えることはできません。
Renaissance Vox:しきい値の下で正反対のことをする
前述のとおり、MV360 のガイドがハイレベル側の親戚として名指ししているのが R-Vox です。共通するのは「1本のフェーダーで圧縮量を決め、自動メイクアップが後始末をする」という形。R-Vox のガイドは Compression コントロールを「1本のフェーダーに伝統的なしきい値とレシオを統合したもの」と定義し、「コントロールを下げるとゲインリダクションが増え、それに伴って出力レベルも上がる」と書いています。
分かれるのは、しきい値より下の扱いです。R-Vox の Gate は「入力信号が設定したゲートしきい値を下回るとダウンワード・エクスパンションが始まる」もので、下をさらに下げます。MV360 のローレベル・コンプレッションは下を持ち上げます。ノイズフロアを目立たなくしたいなら前者、小さい音を聞こえるようにしたいなら後者。同じ「しきい値の下」を扱う機能でも、狙いが逆です。
LoAir・UM226:同じ 5.1 でも、触る場所が違う
サラウンドのバスに挿す製品としては LoAir と UM226 が近い位置にありますが、担当は重なりません。
| 製品 | 入口 → 出口 | 何をするか |
|---|---|---|
| UM225 / UM226 | 2.0 → 5.0 / 2.0 → 5.1 | ステレオから Center・Ls・Rs(・LFE)を新しく作る |
| LoAir(5.0-to-5.1 / 5.1-to-5.1 コンポーネント) | 5.0 → 5.1 / 5.1 → 5.1 | ベッド5chを素通りさせ、LFE チャンネルに1オクターブ下の成分を書き込む(LoAir User Guide p.6・p.12・p.13) |
| MV360 | 5.0 → 5.0 / 5.1 → 5.1 | チャンネル数を変えず、6本のレベルの上下動を整える |
UM で作り、LoAir で LFE を足し、MV360 で暴れを抑える——工程として並べると重ならないことが分かります。3製品とも 360° Surround Tools バンドルに収録されていると公式フィードは記載していますが、バンドル構成は改編されうるので、収録状況は公式ページで確認してください。
なお、UM225/UM226 のクイックスタートは、サラウンドマスターを作るときの出力に L360° Surround Limiter を置くことを推奨しています。MV360 のガイドには同種の推奨が見当たりません(英語版全14ページを3系統で検索して、L360 も limiter もいずれも0件)。MV360 が担当しているのは天井を押さえることではなく、レベルの上下動を整えることなので、リミッターとは別の役割だという整理になります。
よくある質問
MV360 は単体で買えますか
2026年9月5日時点で確認したかぎり、単体販売は行われていません。公式の機械可読フィードでは購入オプションがバンドル収録のみとなっており、単体の価格情報そのものがありません。日本語の公式サイト(wavesjapan.jp)にも MV360 の製品ページが無く、404 が返りました。フィードが収録先として挙げているのは 360° Surround Tools、Mercury、Broadcast and Surround Suite、Waves Ultimate Subscription です。ただしバンドル構成は改編されうるので、現在の入手方法は公式ページで確認してください。
ステレオのトラックに挿せますか
ガイドが挙げているコンポーネントは「MV360 5.0 to 5.0」と「MV360 5.1 to 5.1」の2つで、モノやステレオのコンポーネントは載っていません(英語版 p.6 / 日本語版 p.9)。同じ概念のローレベル/ハイレベル・コンプレッションをモノ/ステレオで使いたい場合は、別製品の MV2 が該当します。MV2 のガイドはコンポーネントを Mono と Stereo の2つとしています。
Link Mode は9つですか、5つですか
どちらも同じガイドに書かれています。製品全体としては「MV360 は9つの Link Mode を提供する」(英語版 p.4・p.12)。一方 Link Mode Selector の説明は「5つの Link Mode のうち1つを選べる」(英語版 p.11 / 日本語版 p.14)。同じページに並んでいる一覧を数えると、5.1 側が5モード、5.0 側が4モードで、合計9になります。挿しているコンポーネントの中で選べるのが5つ(5.1)または4つ(5.0)、製品全体では9つ、と読むと両方の記述と整合します。
ディザを切りたいのですが
ガイドは「MV360 は自動的にディザを適用する」と書いており、オン/オフのコントロールは本稿が参照した2つの版のコントロール一覧に出てきません。マスタリングの最終段で別途ディザを掛ける工程がある場合、この挙動を前提に置く場所を考える必要があります。
初期値がどこにも書いてありません
ガイドに初期値の記載がありません。全14ページを3系統で抽出して検索したかぎり、「Range:」の行は4つあるのに対して default という語は0件でした。日本語版も「初期値」は0件です。基準に戻したいときは、WaveSystem ツールバーからファクトリープリセットを読み込むのが現実的な手順になります。
まとめ
MV360 は、5.0 / 5.1 の6チャンネルに対して上向きの圧縮と下向きの圧縮を同時に持たせたダイナミクスプロセッサーです。2つのしきい値の範囲(−36〜−72 dBFS と 0〜−30 dBFS)は重ならないので、両者が同じレベルを取り合うことは起こりません。
この製品の核は Link Mode です。変わるのは見た目ではなく、ダイナミクス検出のサイドチェインの組み方。最大3グループまで分けられ、LFE を別グループに切り出すか、まったく処理しないかも選べます。クイックスタートが最初に指定するのも All Linked ではなく Front / Rear / LFE です。
読むときは 5.0 の節に注意してください。「N個のサイドチェインを使う」という宣言と、その下の箇条書きの本数が、英語版・日本語版の両方で食い違っている箇所があります。数えるなら箇条書きのほうです。



サラウンドのダイナミクスで最初に決めるのは、圧縮量ではなくグループです。何と何を一緒に動かすかを決めてから、初めてしきい値の話が始まります。
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