この記事では、Waves IR-1 Convolution Reverb が「読み込んだインパルス・レスポンス(IR)を分解して組み替える道具」である理由を、現行の公式ガイドの記載だけで追います。数値のほとんどが元の IR に対する倍率で書かれていること、読み込んだ IR が Direct/初期反射(ER)/テールの3つに自動分割されること、ダンピングのレシオが「その空間が元々持っている減衰」に掛かること、そしてスイープ録音から自分で IR を作る手順までを扱います。
範囲と初期値の基準は、Waves が現在配布している現行ガイド(IR-1/IR-L/IR-360 の3機種共通・全37ページ・PDF 作成日 2021年10月/更新 2023年6月)です。2026年9月3日に waves.com の IR-1 製品ページを開いて確認したところ、ページ内の manualPDF フィールドが指す先はこの PDF でした。製品に同梱されている版(全40ページ・2004年10月・表題は「IR1 User Manual」)とパラメーターの範囲・初期値を機械的に突き合わせたかぎり、食い違ったのは Link の初期値と、EQ 高域シェルフの初期周波数(2004年版 5005Hz / 現行版 5006Hz)の2点でした。どちらも本文で扱います。
現行ガイドは3機種共通なので、畳み込みとは何か・レイテンシーの扱い・チャンネル構成といったシリーズ共通の土台は共通節に書かれています。本稿はそこを最小限にとどめ、IR-1 と IR-360 の節(現行ガイド p.19〜p.31)に書かれた加工系のコントロールを中心に読みます。数値は現行ガイドの記載を基準とし、同梱版や日本語クイックガイドから引くときは版を明示します。編集部の実測値は含みません。
カホ採取した響きをそのまま貼るだけの道具なら、つまみは要りません。IR-1 につまみが並んでいるのは、IR を素材として扱うと決めたからです。その前提で読むと、数値の書き方まで筋が通ります。
この記事でわかること
- IR-1 の数値が「元の IR に対する倍率」で設計されている理由と、フラットポイントの決まり方
- 読み込んだ IR が Direct/初期反射/テールに自動分割される仕組みと、分割に失敗する条件
- ダンピングのレシオが、合成型リバーブの同名コントロールと意味の違う理由
- 全パラメーターの範囲・初期値(現行ガイド)と、同梱版・日本語クイックガイドとの食い違い
IR-1とは|何を解決する製品か
IR-1 は、実在する空間やハードウェアリバーブから採取した IR を入力信号に畳み込むリバーブです。ただし現行ガイド p.4 は、シリーズの位置づけを「IR シリーズはインパルス・レスポンスを素材(raw material)として使う」と書いています。ここが、採取した音響を忠実に重ねることに特化した従来型のコンボリューションリバーブとの分かれ目です。
現行ガイド p.3 は、それまでの合成型デジタルリバーブが持っていた古典的コントロールとして Reverb Time・プリディレイ・Size・高域/低域ダンピング・Diffusion を列挙しています。IR-1 が解決するのは、この種のコントロールを実測の IR に対して掛けられるようにすることです。加工は再生時ではなくオフラインで IR 全体を再計算する方式なので、パラメーターを動かすとリバーブエンベロープのグラフに「Calculating…」と表示され、音が数秒ミュートされます(現行 p.27)。
機種の序列は現行ガイド p.15 が明記しています。調整できるパラメーターが最も多いのが IR-360、次が IR-1、最後が IR-L。IR-360 はサラウンド版で、購入者には IR-1 も付属すると p.11 に書かれています。なお響きの素材となる IR ライブラリはプラグインに同梱されず、約5GB を Waves のサイトからダウンロードする形になっています(p.5)。プラグインを入れただけでは素材が揃わないので、導入時はここを飛ばさないでください。
設計思想:なぜこの効き方をするのか
数値はほとんど倍率。基準点は読み込んだ IR 自身
IR-1 の中核となる4本、Reverb Time の Ratio・Size・Reverb Density・Reverb Resonance は、いずれも範囲 0.25〜4.00、初期値 1.00 です(現行ガイド p.20〜p.21)。秒でも Hz でもなく、元の IR の何倍かを指定します。RT60 の表示も「元の RT60 × Ratio」で、Ratio を 1.00 に戻すと読み込んだ IR の素の RT60 が読めます(p.20)。
この設計は、現行ガイド p.36 の「フラットポイント(=加工していない状態)」の一覧に凝縮されています。倍率スケールのコントロール(Reverb Time・Density・Resonance・Size)は 1、パーセントスケール(Decorrelation・Crosstalk・Dry/Wet)は 0%、プリディレイ系は 0、Direct/ER/テールのゲインとスイッチは 0dB かつ全部 On、CPU モードは Full CPU。ダンピングのレシオは 1、EQ は全バンド Off かゲイン 0dB。どのコントロールも alt+クリック(Mac は option+クリック)でこの位置へ戻せます。ガイドはこれに例外を1つ挙げていて、Wet/Dry だけは alt+クリックで 100% になります(フラットポイントは 0%)。
つまり IR-1 には「正しい設定値」が製品側に存在しません。基準は読み込んだ IR ごとに動きます。Size は部屋の寸法と容積の倍率で、反射どうしの伝搬時間を決める(p.21)。その結果は IR Properties 欄に立方メートルで表示されます(p.35)。Density は反射密度の倍率で、下げると粒が粗くなり、上げると厚く滑らかになる。ただし現行ガイドは「結果は元のリバーブが持つ反射の性質によって変わる」と付け加えています(p.21)。
読み込んだ瞬間、IR は3つに切り分けられている
現行ガイド p.22 は、IR-1 のエンジンが読み込んだ IR を解析して Direct・Early Reflections(ER)・Reverb Tail の3つに分離し、それぞれにゲインとプリディレイを持たせる、と書いています。IR-1 の Wet Properties セクションが3列に分かれているのはこのためです。元の IR をそのまま鳴らしたいなら、3つとも On にして Dry/Wet を 100% Wet にする、と手順まで書かれています。
3つの中身も現行ガイドが定義しています。Direct は、入力信号を IR の最初の反射と畳み込んだもの。元の部屋の空気による減衰や、採取に使ったスピーカーとマイクの伝達特性を含みます(p.23)。ER は Direct の次の反射から始まって数十ミリ秒続き、離散的なエコー感を保ったまま、部屋らしさと定位・距離感を主に担う(p.23)。テールは ER 以降のすべてで、反射が完全に分散した最も拡散した部分。IR ごとに固有のスペクトル減衰の署名を持つ、と書かれています(p.24)。
ER とテールの境界は自動判定です。ER/TR-X(±100ms・初期値 0ms)は、その自動判定点からの相対値をミリ秒で指定するコントロールで、ライブラリの IR を使うときは IR プロパティから公称値が入ります(p.30)。現行ガイドは続けて、自然な IR では ER と TR のあいだに明確な境界線は無く、どこが最適な分割点かは主観的だ、と自分で書いています(p.31)。自動判定を絶対視しない設計です。
分割は失敗することがある。ガイドはその条件まで書いている
100% ウェットで採取したリバーブ機の IR には、そもそも直接音が入っていません。IR-1 は直接音の有無を自動検出し、無ければ Direct の On/Off コントロールを無効化します(p.23)。Direct が見つからない IR では Direct Gain と Direct Predelay も無効になります(p.31)。
逆のケースもあります。取り込む前に直接音を削ってある IR や、音響的に自然でない音源から作った IR では、最初の初期反射を Direct と誤認することがある。このとき Direct の On/Off は有効になっているので、On にしておかないと最初の初期反射を失う——現行ガイドはそう注意しています(p.23)。
もっと根本的な失敗も想定されています。小さい部屋や床の反射が強い空間では、直接音の応答が終わる前に最初の初期反射が届くため、理論上この2つを分離できません(p.31)。その場合プラグインは可能な範囲で最良の分離を提示するものの、Direct には反射が混ざって見える、と書かれています。分割が前提の製品が、分割できない条件を自分で申告している格好です。
Direct の Off は、ゲインを絞るのとは別の操作
ここは操作の向きを間違えやすいところです。現行ガイド p.23 は、Direct Gain を Off まで下げた場合と、On/Off ボタンで Off にした場合を書き分けています。Gain を Off まで下げるのは、そのパラメーターを減衰させるだけ。On/Off ボタンで切ると、Direct は IR の先頭から完全に切り落とされ、IR 全体が短くなって再整列され、ウェット信号がレイテンシーに揃います。IR の頭に紛れ込んだ不自然なプリディレイ(プリロール)を消せるのはこちらの操作です。
その Direct の初期値は Off です(p.24)。理由も書かれていて、リバーブとして使う場面ではドライ信号を使うほうが自然であり、Direct はリバーブではないから、というのが現行ガイドの説明です(p.23)。一方、p.36 のフラットポイント一覧では「Direct/ER/テールのゲインとスイッチのフラットポイントは 0dB で全スイッチ On」とされています。初期値とフラットポイントが同じではない、という点は押さえておくと混乱しません。
関連して、ER Buildup(0〜150ms・初期値 0ms)は初期反射の立ち上がりの傾きを決めるコントロールですが、Direct を Off にしているときに効く、と明記されています(p.30)。急峻なアタックにするか滑らかにするかの選択で、Direct が居座っていると意味を持ちません。
ダンピングのレシオは、その空間が元々持っている減衰に掛かる
IR-1 で最も誤解されやすいのがここだと思います。現行ガイド p.27 は、ダンピングのレシオについて注記を1本立てています。レシオは元の IR のスペクトル特性に対する相対値である、と。実空間の IR は低域の減衰時間が長いことがありますが、それでも低域レシオの表示は「1」になる。ガイドはそのうえで、合成型デジタルリバーブでは同じ状態を作るのに低域レシオを 1 より大きくしなければならない、と対比しています。
つまり IR-1 のダンピング 1.00 は「平坦」ではなく「この空間のまま」です。1.00 未満にすると IR 全体のリバーブタイムより短く、1.00 を超えると長くなります(p.28)。現行ガイドは具体例も出していて、全体の減衰が2秒で高域が1秒なら高域レシオは 0.5(2秒 × 0.5 = 1秒)。タイル張りの浴室のように硬く反射する部屋なら高域レシオが 1 を超えて、減衰が長く非常に明るい音になる、と書かれています。
実務向けの目安も現行ガイドにあります。典型的な高域ダンピング周波数は 4〜7kHz。非常に乾いた空気は高域ダンピングを増やし、教会のような石壁は木造や調度の多い部屋より高域ダンピングが少ない(p.28)。低域については、多くの部屋が中域より低域のリバーブタイムを長く持っているので、温かみが欲しければ低域ダンピングを 1.00 より少しだけ大きくするとよい、とあります(p.29)。4本のコントロールは周波数レスポンスグラフの真上に一列に並んでいて、Shift+クリックしてドラッグすれば低域と高域のレシオを同時に動かせます(p.27)。



同じ「Damping 1.0」でも、合成型リバーブでは平坦、IR-1 ではその空間そのまま。数字が同じで意味が違うので、他機と並べて設定を写すと必ずずれます。
エンベロープは IR のゲイン曲線そのものを描き替える
Reverb Envelope は、線形の IR を非線形の応答に作り替えるコントロールです。速い/遅い減衰、ゲート的な応答、創作的なゲイン操作を目的として挙げています(現行ガイド p.26)。横軸が時間、縦軸がゲインで、ダブルクリックでポイントを追加・削除。ポイント間の線は常に指数関数的に減衰しているのですが、縦軸が dB スケールなので直線に見える、と説明されています。既存のポイントを削除する手段がダブルクリックなのは、ホストによっては Delete キーがプラグインへ渡らずホスト側の項目を消してしまうから、という理由まで書かれています。
グラフの読み方も IR-L とは違います。IR 表示は上端 0dB から下端 −90dB ですが、重ねて表示されるオレンジのエンベロープ曲線はスケールが別で、フラット(バイパス)点がグラフ高さの3分の2の位置、範囲は +30dB〜−60dB です(p.19)。同じグラフの中に、目盛りの違う2つの情報が乗っています。
編集の段取りにも現行ガイドは触れています。Envelope Bypass(初期値 Off)を On にしておけば、1回ごとの再計算を待たずに複数の変更をまとめて入れられ、最後に有効化すると一括で計算される(p.26)。このバイパスが切るのはゲインエンベロープだけで、Size や Density といった IR 加工は生きたままです(p.27)。Clear Envelope は全ポイントを削除して初期のユニティゲインへ戻します。
エンベロープを持つことは、別のコントロールの逃げ道にもなっています。Convolution Length を RT60 より短く切ると、減衰の途中で IR が止まってゲート的な響きになる。現行ガイド p.20 はここに「このゲート効果は、エンベロープで IR を早めにフェードアウトさせれば避けられる」と続けます。この一文は IR-L の節(p.16)の同じ説明には出てきません。日本語クイックガイド p.7 にも同じ逃げ道が書かれています。
テールのプリディレイだけが負に振れる
3分割された各パートのプリディレイは、範囲が揃っていません。Direct Predelay は 0〜500ms で、しかも ER のディレイに束縛されてそれを超えられない。ER Predelay も 0〜500ms。テールの Tail Predelay は −100ms〜500ms で、負側に振れます(現行ガイド p.24〜p.25)。
非リバース時、テールを時間的に前へ引いて ER に重ねられる、というのがこの負値の用途です。負のプリディレイにしてもレイテンシーは増えません。現行ガイドはこの操作について、Link モードをオフにしておく必要がある、と付記しています(p.25)。なお Tail Predelay は常に、処理そのもののレイテンシーと IR ファイルに埋め込まれたプリディレイに加算される値です。
ここで注意が要るのが分割の実装方法です。パートごとに別々のゲインやプリディレイを与えると、プラグインは必要に応じて自動的にクロスフェードを掛けます(p.24)。そのため ER Predelay をほんの少し動かしただけでも、テール反射と重なる部分でコムフィルタリングが生じる、と現行ガイドは明言しています。ER を丸ごと Off にすると残響はテールへ直行し、部屋らしさの知覚が減る——これは「不自然になるが、それが欲しい音のこともある」という書き方で紹介されています。



「ER のプリディレイを5msだけ足したら音色が変わった」はよくある相談ですが、故障ではありません。分割がクロスフェードで実装されている以上、重なった区間でコムフィルタが出るのは仕様です。
Reverse は畳み込みフィルターごと反転する
Reverse(初期値 Off)は、畳み込みフィルターを単純に反転して本物の逆回転リバーブを作ります(現行ガイド p.26)。このときすべてのプリディレイが負になりますが、表示も動作も通常どおり続く、と書かれています。IR ウィンドウの左上にボタンがあり、IR を前後反転させます(p.19)。
リバースモードで使う相棒が Convolution Start です。反転した IR をドライ信号に合わせられるので、元の IR が持つ遅い立ち上がりが反転して生じる「緩やかなランプアップ」を避けられる、というのが現行ガイドの説明です(p.26)。Convolution Start は通常時には IR 先頭の不要なプリディレイを削る用途(0〜1秒・初期値0秒)ですが、リバース時には位置合わせのつまみになります。
EQ はウェットだけに掛かる4バンドのパラグラフィック
IR-1 は低域シェルフ・ベル2本・高域シェルフの4バンド構成を持ちます(現行ガイド p.29)。ガイドはこれを「パラグラフィック EQ」と呼び、4バンドとも Q が可変で、ベルの帯域幅だけでなくシェルフのオーバーシュート共振も Q が決める、と書いています。そして、この EQ セクションはウェット信号にのみ作用します。
ダンピングとの棲み分けが明快なのはこの点です。ダンピングは帯域ごとの減衰時間を IR 全体に対する比で動かし、EQ はウェット信号の周波数レスポンスを動かす。同じ「高域を落とす」でも、残響の長さを縮めるのか音色を削るのかが分かれます。
自分で測った空間を IR にできる
スイープ録音から IR を生成する Import Sweep Response from File は、現行ガイド p.7 で「IR-1 と IR-360 が可能にする」機能として説明されています。手順も具体的です。Waves のサイトから配布されているスイープファイル(15秒のスイープに続けて10秒の無音)を対象の空間でスピーカーから鳴らし、1本以上のマイクで1トラック以上に録音。IR1Impulses V2 フォルダの中に自分用のフォルダを作って録音ファイルを置き、プラグインから Import Sweep Response で1本ずつ読み込ませると、計算のあとに .wir ファイルがスイープファイルの隣に自動保存されます。Save → Save to New File でプリセット化し、読み込み直すとメニューに現れます。
採取の作法も現行ガイドに書かれています。スピーカー・アンプ・マイク・マイクプリはできるだけ癖のない、フラットな周波数特性のものが理想。指向性はどれでも動作するが、カーディオイドか無指向性を推奨(p.8)。ホールならスピーカーは演奏者の位置、マイクは客席側に置く。ステージに近いマイクほど直接音が多く残響が少なくなる。満席の観客やステージ上の機材・演奏者は吸音するので、残響の質が大きく変わる、とも書かれています。
プレートやスプリングのようなリバーブ機を測るときは、AUX センドを使わず、スイープ再生側の出力を機材の入力へ直結し、機材の出力を録音機へ直結します(p.8)。ユニットに複数の設定があるならすべて測ること、モノ→モノ/モノ→ステレオ/ステレオ→ステレオも測ること、と手順に書かれています。ホールや部屋を測る手順は次の p.9 に分けて書かれており、フルステレオ(4畳み込み)の IR を作るなら、L スピーカーを L マイク・R マイクで、次に R スピーカーを L マイク・R マイクで、計4本録ります(p.9)。
取り込み時の作法もひとつ。ピークが −12dB を超える IR は −12dB へノーマライズされます(p.34)。ホットな信号とホットな IR を畳み込むとピークが伸びてクリップするため、その余裕を確保する処理です。それでも高すぎることがある——とくに直接音を持たない IR ではそうなりやすい——ので、その場合は Direct/ER/テールのゲインで IR のレベルを調整し、フルウェットの体感音量がフルドライと同程度になる点を狙うことが推奨されています。
版で入れ替わっている値がある
同梱版(2004年10月・全40ページ)と現行ガイド(2021年10月作成/2023年6月更新・全37ページ)を突き合わせると、Link の初期値が入れ替わっています。同梱版 p.26 は「LINK: Range: On/Off; Default: On」、現行ガイド p.25 は「Default: Off」。日本語クイックガイド(IR-1 Native ソフトウェアクイックガイド・2010年2月・全12ページ)p.9 も「デフォルト設定: ON」と書いており、古い側の記述と一致します。本稿は現行ガイドに従って Off を採りますが、購入時期によって挙動の説明が食い違って見える可能性がある箇所です。
もう1点、EQ 高域シェルフの初期周波数も入れ替わっています。同梱版 p.31 は「Frequency Range: 1000Hz to 21000Hz; Default: 5005 Hz」、現行ガイド p.30 は範囲が同じまま「Default: 5006 Hz」。範囲と初期値にかぎれば、版で違うのはこの2か所だけです——ガイド全体に出てくる「Default」の記載を1件ずつ突き合わせると、同梱版53件・現行版54件で、値が違ったのは Link と高域シェルフ周波数の2件でした(現行版で1件増えているのは、後述する新設章にある「Set current preset as the Default Preset」という文で、パラメーターの初期値ではありません)。1Hz の差は聴感では判別できませんが、本稿の全パラメーター表は現行ガイドに合わせて 5,006Hz を載せています。
ページ数は40から37へ減っていますが、これは「章が削られただけ」ではありません。増えた章もあります。現行ガイドには「Managing Presets and IRs: The WaveSystem Toolbar」(p.6)が新設され、プリセットメニューの区分表とファクトリープリセットの実パス(Windows は C:\Program Files (x86)\Waves\Data\IR1Impulses V2、Mac は System HD > Applications > Waves > Data > IR1Impulses V2)が載りました。逆に落ちたのは、同梱版 p.6 の「IR Library は4部構成(Basic IR set/Sampled Acoustics V2/Virtual Acoustics – Devices/同 Synthetic)」という説明と、p.7 の「Accessing these IRs」+ Factory Presets の節です。目次も同梱版の2ページ(p.2〜3)から現行版は1ページ(p.2)へ縮んでいます。
そのうえで、現行ガイドに無くなった章が2つあります。「SYSTEM REQUIREMENTS」(G4 867MHz、Pentium 4/Celeron 1.4GHz、AMD Athlon XP、RAM 512MB といった当時の最低要件・同梱版 p.38)と「IR-1 HTDM」(Digidesign の HTDM ストリームマネージャーは 128 ではなく 512 を使えという注意・同梱版 p.40)です。ただしこの2章は合わせて10行に満たないので、3ページ分の減少をこれで説明することはできません。減ったページ数の内訳をガイドは説明していないので、本稿では「どの章が増え、どの章が消えたか」までを事実として示すにとどめます。パラメーターの範囲・初期値を書いた行は、上で数えたとおりどちらの版にも同じだけ残っています。
現行ガイドにも誤植は残っています。高域ベルの周波数レンジが「1000Hz to 21000kHz」と書かれている(p.29)。同じ節の高域シェルフは「1000Hz to 21000Hz」、Hi Damping Frequency も 21000Hz が上限なので、単位の誤植と読むのが自然です。新しい版だから無条件に正しい、とは扱わないほうが安全です。
レイテンシーの表記も版と言語で揺れています。現行ガイドの IR-1 の節(p.25)は「11.6 ms at 44.1 to 48kHz and 5.3 ms at 88.2 to 96kHz」。日本語クイックガイド p.9 は「44.1kHz で 11.6msec、88.2 または 96kHz で 5.3msec」と書き、48kHz に触れていません。さらに同じ現行ガイドでも IR-L の節(p.17)は 48kHz を 10.6ms として分けて書いており、IR-1 の節と表記が揃っていません。本稿は IR-1 の解説なので p.25 の記載を採ります。
全パラメーター
現行ガイドの「IR-1 and IR-360 Controls and Displays」の節(p.19〜p.31)および共通節に記載された範囲と初期値です。IR-360 専用のコントロールは別項にまとめました。
| コントロール | 範囲 | 初期値 | 何を決めるか |
|---|---|---|---|
| Convolution Start | 0 〜 1秒 | 0秒 | 畳み込みの開始点。IR 先頭の不要なプリディレイを除去する。リバース時は位置合わせに使う |
| Convolution Length | 0 〜 6秒 | Full | 処理フィルターの長さ。RT60 より短く切るとゲート的になり CPU を節約できる(6秒を超える IR は6秒に切られる) |
| Ratio(Reverb Time) | 0.25 〜 4.00 | 1.00 | 元の RT60 に掛ける倍率 |
| RT60 | 表示 | — | 元の RT60 × Ratio。IR がおよそ100ms以上のときだけ計算・表示される |
| Size | 0.25 〜 4.00 | 1.00 | 部屋の寸法と容積の倍率。反射どうしの伝搬時間が変わる |
| Reverb Density | 0.25 〜 4.00 | 1.00 | 反射密度の倍率。下げると粗く、上げると厚く滑らかに |
| Reverb Resonance | 0.25 〜 4.00 | 1.00 | 元の IR が持つ共振を強める/弱める |
| Decorrelation | 0 〜 100% | 0% | チャンネル間の非相関を上げて広がりを出す |
| Direct | On / Off | Off | 直接音のオン・オフ。Off は減衰ではなく IR 先頭からの切り落とし+再整列 |
| Direct Gain | 0.0dB 〜 Off | 0.0dB | 直接音のレベル(下げても IR は切られない) |
| Direct Predelay | 0 〜 500ms | 0ms | 直接音の遅延。ER のディレイに束縛され、それを超えられない |
| ER | On / Off | On | 初期反射のオン・オフ |
| ER Gain | 0.0dB 〜 Off | 0.0dB | 初期反射のレベル |
| ER Predelay | 0 〜 500ms | 0ms | 初期反射の遅延。わずかに動かすとテールと重なる区間にコムフィルタが出る |
| Tail | On / Off | On | リバーブテールのオン・オフ |
| Tail Gain | 0.0dB 〜 Off | 0.0dB | テールのレベル |
| Tail Predelay | −100 〜 500ms | 0.0ms | テールの遅延。負値で ER に重ねられる(レイテンシーは増えない) |
| Link | On / Off | Off(現行ガイド p.25。同梱2004年版と日本語クイックガイドは On) | 各要素のゲインを連動させる。オフセットは保持され、可動範囲は端に合わせて制限される |
| Reverb Envelope | ポイント編集(曲線スケール +30dB 〜 −60dB) | フラット(グラフ高さの3分の2) | IR のゲイン曲線を描き替えて非線形の応答にする |
| Envelope Bypass | On / Off | Off | ゲインエンベロープのみバイパス(Size・Density 等の加工は生きる) |
| Reverse | On / Off | Off | 畳み込みフィルターを前後反転。全プリディレイが負になる |
| Low Frequency Damping Ratio | 0.10 〜 2.00 | 1.00 | 低域の減衰時間を IR 全体のリバーブタイムに対する比で設定(1.00未満=短く、超=長く) |
| Low Damping Frequency | 16Hz 〜 1,600Hz | 600Hz | 低域レシオが効く上限周波数 |
| Hi Frequency Damping Ratio | 0.10 〜 2.00 | 1.00 | 高域の減衰時間の比 |
| Hi Damping Frequency | 1,000Hz 〜 21,000Hz | 2,500Hz | 高域レシオが効く下限周波数 |
| EQ 低域シェルフ | Gain −24 〜 +12dB/Freq 16Hz 〜 1,600Hz/Q 0.71 〜 1.41 | 0dB/100Hz/1 | ウェット信号のみに作用 |
| EQ 低域ベル | Gain −24 〜 +12dB/Freq 16Hz 〜 1,600Hz/Q 0.26 〜 6.50 | 0dB/301Hz/1.28 | 同上 |
| EQ 高域ベル | Gain −24 〜 +12dB/Freq 1,000Hz 〜 21,000Hz(現行ガイドの表記は「21000kHz」。単位は誤植と読める)/Q 0.26 〜 6.50 | 0dB/1,200Hz/1.64 | 同上 |
| EQ 高域シェルフ | Gain −24 〜 +12dB/Freq 1,000Hz 〜 21,000Hz/Q 0.71 〜 1.41 | 0dB/5,006Hz/1 | 同上 |
| ER Buildup | 0 〜 150ms | 0ms | 初期反射の立ち上がりの傾き。Direct を Off にしているときに効く |
| ER/TR-X Crossover | ±100ms | 0ms | ER とテールの境界を、自動判定点からの相対値でずらす |
| Dry/Wet | 0 〜 100% Wet | 100% Wet | ドライと畳み込み音のバランス。50% が「自然な」釣り合い点 |
| Output Gain | 0dB 〜 −50dB | 0dB | 総出力レベル |
| CPU Mode | Full CPU / Low CPU | Full CPU | Low は畳み込みの解像度をわずかに妥協して最大45%(平均およそ20%)節約 |
| Crosstalk | 0.0 〜 100.0 | 0.0 | Efficient 系コンポーネント専用。0=マルチモノ、100=サミングした入力を畳み込む |
| Dry(レイテンシー) | 0 〜 30ms | 0ms | インサート時にドライ信号をウェットへ揃える/先行させる(範囲の明記は p.18、IR-1 の節 p.25 は「最大30msまで前へ」と記述) |
| IR グラフ | 0dB 〜 −90dB(表示) | — | 縦軸dB・横軸時間。IR は最長6秒、表示ウィンドウは最長10秒。Reset ボタンでウィンドウを最大長へ |
IR-360 だけに載っているコントロールは3つで、Front/Rear Balance(フロント〜リア・初期値 50.0)、Pre-Delay Offset(0〜80ms・初期値 0)、Output Meters View(−30〜0dB)です(p.32)。IR の読み込みはシリーズ共通で .wav と .wir に対応し、ビット深度 16/24/32bit float、サンプルレート 44.1〜192kHz を受け付けてセッションのレートへ自動変換されます(セッション側の上限は 96kHz)。読み込んだ .wav はプリセットに埋め込まれないので、セッションを別システムへ移すときは IR ファイル自体をバックアップに含める必要があります(p.34)。
用途別・設定の始点
いずれも現行ガイドに根拠のある始点です。IR-1 は基準が IR ごとに動くので、「この値にする」ではなく「どちらへ動かすか」で考えます。
| やりたいこと | 始点 | ガイド側の根拠 |
|---|---|---|
| AUX センドのリバーブ | 初期値のまま(Direct Off・100% Wet) | p.22「AUX センド構成では Direct Off・100% Wet が最良(これが初期状態)」 |
| 採取した空間を素のまま聴く | IR-1 Full Reset → Direct を On・Dry/Wet を 100% Wet | p.33。Full Reset には2つの例外があり、Direct は Off にされ、Wet/Dry は触られない |
| 残響量は保ったまま距離を詰める | ER を Off にするか ER Gain を下げる | p.24「ER を切る/テールに対して下げると、残響は多いのに遠さが減り、近くて濡れた音になる」 |
| 温かみを足す | Low Frequency Damping Ratio を 1.00 より少し上へ | p.29「多くの部屋は中域より低域のリバーブタイムが長い。余分な温かみが欲しければ 1.00x より少し大きく」 |
| 高域が耳に刺さる | Hi Damping Frequency を 4〜7kHz に置き、Hi Ratio を 1.00 未満へ | p.28「典型的な高域ダンピング周波数は 4〜7kHz」「1.00未満は IR 全体より短い」 |
| ゲートリバーブ | Convolution Length を RT60 より短く。角が立ちすぎたらエンベロープで早めにフェード | p.20 |
| 逆回転リバーブ | Reverse を On にし、Convolution Start でドライ信号と位置を合わせる | p.26 |
| モノラルの IR をステレオで鳴らす | ステレオ系コンポーネントに1チャンネルの IR を読み込み、2本目を求めるダイアログをキャンセル → Decorrelation を上げる | p.21 |
| 自作 IR のレベルが合わない | Direct/ER/テールのゲインで調整し、フルウェットの体感音量がフルドライと同程度になる点を狙う | p.34 |
| CPU が足りない | ①バッファ 512 → ②Low CPU → ③コンポーネント選択 → ④Convolution Length | p.36〜p.37。優先順位つきで列挙。Length の節約は 100ms 単位で効く |
似た製品との使い分け
IR-L・IR-360 との位置関係
現行ガイド p.15 は IR-L を「調整できるパラメーターを減らした IR-1」と定義し、音質は IR-1 と同じで、いつでも IR-1 や IR-360 へアップグレードできると書いています。逆に言えば、両者の差は音質ではなく加工の自由度です。IR-1/IR-360 の節にあって IR-L の節に出てこないのは、Ratio の上限 4.00(IR-L の節は 0.25〜1.00)、リバーブエンベロープ、Reverse、Size・Density・Resonance・Decorrelation、Direct/ER/テールの3分割制御、ダンピング、ウェット専用の4バンド EQ、ER Buildup、ER/TR-X、そしてスイープからの IR 生成です。
IR-360 はサラウンド版で、固有のコントロールは前掲の3つ。チャンネル構成は畳み込み3〜6本の範囲で並び、モノ→5ch ディスクリートサラウンドが4または5本、モノ→5ch サウンドフィールドが3本、フルステレオ→5ch サウンドフィールドが6本、といった具合です(p.11)。同じページに「IR-360 の購入者は IR-1 も受け取る」と書かれているので、サラウンドが必要なら上位を買えばステレオ側も揃います。
合成型リバーブとの違いは、レシオの基準点
ガイド p.3 は合成型デジタルリバーブの構成を、100反射未満の短い FIR による初期反射生成器と、減衰係数と内部分散フィルターを持つ再帰的 IIR によるテール生成器の2本立てと説明しています。テール生成器は効率的で、1秒の残響も5秒の残響も同じ処理量で作れる。例として自社の TrueVerb と Renaissance Reverb を挙げています。対して IR-1 側は、再生時の負荷が IR の長さで決まる方式です。
ただ実務でいちばん効いてくる差は、負荷ではなく数値の意味だと思います。前述のとおり、IR-1 のダンピングレシオはその IR が元々持っている減衰に対する倍率で、1.00 は無加工。合成型では同じ状態を作るのに低域レシオを 1 より大きくしなければならない、とガイド自身が対比しています(p.27)。Diffusion に相当する Density も同様に、元の IR の密度に対する倍率です(p.21)。合成型のプリセット感覚で数値を写すと、必ずずれます。
よくある質問
Direct の On/Off が押せません
読み込んだ IR に直接音が含まれていない場合の挙動です。100% ウェットで採取したリバーブ機の IR には直接音がなく、IR-1 は有無を自動検出してコントロールを無効化します(現行ガイド p.23)。このとき Direct Gain と Direct Predelay も無効になります(p.31)。逆に、直接音を削ってから取り込んだ IR や音響的に自然でない音源では、最初の初期反射を Direct と誤認することがあり、その場合コントロールは有効になります。心当たりがあるなら Direct を On にしておいてください。Off のままだと最初の初期反射が失われます。
ER のプリディレイを少し動かしただけで音色が変わります
仕様です。パートごとに別々のゲインやプリディレイを与えると、プラグイン側が自動でクロスフェードを掛けます。そのため ER Predelay をわずかに動かすと、テール反射と重なる区間でコムフィルタリングが生じる、と現行ガイド p.24 に明記されています。狙いが「初期反射を後ろへずらす」ことなら、重なりを承知で少しずつ動かすか、ER を Off にしてテール側で作る(部屋らしさは減ります)かの二択になります。
RT60 を縮めるのと Convolution Length を縮めるのは何が違いますか
聞こえ方が違います。現行ガイド p.37 は、耳は高いゲイン側の傾きに敏感なので、RT60(Ratio)を縮めると「小さいリバーブ」に聞こえるが、Convolution Length を縮めた場合は IR の低いゲイン域で線形性が落ちたように聞こえるだけだ、と書き分けています。同じページに IR-1 のノイズフロアは −92dB〜−106dB あたりとあり、音質面の妥協は無いとされています。CPU の節約は連続的ではなく段階的で、「1ms ごとではなく 100ms ごとに効く」。切り口が目立つときはエンベロープで傾きを滑らかにすれば、ゲート感を出さずに詰められます。
自分のスタジオの響きを IR にできますか
できます。Import Sweep Response from File は、現行ガイド p.7 で IR-1 と IR-360 の機能として説明されています。Waves 配布のスイープファイル(15秒のスイープ+10秒の無音)を空間で再生して録音し、IR1Impulses V2 フォルダ内に作った自分用フォルダへ置いて読み込ませると、.wir が自動生成されます。マイクは指向性を問いませんが、カーディオイドか無指向性が推奨(p.8)。プレートやスプリングを測るときは AUX センドを使わず、機材へ直結します(p.8)。ホール・部屋の測り方は p.9 です。
まとめ
- IR-1 の数値はほとんどが「読み込んだ IR に対する倍率」。1.00 は無加工であって平坦ではなく、正解の値は IR ごとに動く。
- 読み込んだ IR は Direct/初期反射/テールに自動分割され、それぞれにゲインとプリディレイが付く。分割は失敗しうるので、まず Direct の On/Off が押せるかを見る。
- IR-L との差は音質ではなく加工の自由度。Ratio 4.00・エンベロープ・Reverse・ダンピング・ウェット専用 EQ・スイープからの IR 生成が IR-1 側にある。



基準が製品側でなく素材側にある道具は、最初だけ戸惑います。alt+クリックでフラットポイントへ戻せることを覚えておけば、迷子にはなりません。
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